『くらやみ城の冒険』(マージェリー・シャープ)

英国動物ファンタジーの傑作が、渡辺茂男の名訳そのままで岩波少年文庫入りしました。

ご存じのように、ねずみは、囚人のよき友です。おなかがすいていなくても、囚人といっしょに、かわいたパンくずをかじったり、さびしい時間をすごしている囚人を、ほがらかにしてやるために、自尊心の高いねずみなら考えもしないような、ばかげた悪ふざけのお相手をつとめたりするのです。
(p11)

〈囚人友の会〉なるねずみたちの秘密組織の会議の場面から、物語はスタートします。ねずみが囚人を助けるためのボランティア活動をしているという、まことしやかで魅力的な嘘の世界に瞬く間に読者を引きこんでいく導入部の、なんと巧みなことか。
この会議の議題は、〈くらやみ城〉というおそろしい牢獄に閉じ込められたノルウェーの詩人の救出作戦でした。この作戦を成功させるためには、まずノルウェーに赴きノルウェーのねずみをスカウトして、囚人と意思疎通する手段を得なければなりません。そこで白羽の矢が立ったのが、大使のぼうやに飼われている高貴なねずみミス・ビアンカでした。ちょうど大使が飛行機でノルウェーに発つところだったので、ミス・ビアンカも旅行かばんに入って同行することになりました。
この作品の魅力は、なんといっても個性的なキャラクターにあります。ミス・ビアンカは気位が高くてナチュラルに口が悪いという欠点を持っていますが、そのかわり勇敢さと機知もふんだんに持っています。仲間のねずみが凶悪なねこにとらわれている緊迫した場面が一番の見せ場で、彼女は舌先三寸でねこをだまして危機を脱してしまいます。
その脇を支える実直な家ねずみバーナードと、〈あらくれ第一級〉の船乗りねずみニルスも、物語を盛り上げます。
冒険小説としてのおもしろさも一級品です。ぼうやのミニチュアのモーターボートでの船旅の爽快さ。近づけば近づくほど髑髏の数が増えていく、〈くらやみ城〉への道の不気味さ。なかなか事態の打開の糸口を見つけられない、〈くらやみ城〉潜入後の焦燥感。場面場面で読者の感情を的確に煽り、冒険の世界の楽しさを満喫させてくれます。

くらやみ城の冒険 (ミス・ビアンカシリーズ (1))

くらやみ城の冒険 (ミス・ビアンカシリーズ (1))

ということで、この傑作が岩波少年文庫に収録されて新しい読者を獲得することは大変喜ばしいです。ただ旧読者として一言だけ、ハードカバー版のデザインはものすごくかっこよかったのだということを申し添えておきます。