『いとの森の家』(東直子)

いとの森の家(一般書)

いとの森の家(一般書)

いとの森の家 (児童書)

いとの森の家 (児童書)

いまから40年ほど昔、当時小学4年生だった東直子は福岡県の糸島で過ごしていました。その思い出をもとにした小説が、第31回坪田譲治文学賞をとったこの作品です。
作者の子ども時代を下敷きにした作品は、どうしてもノスタルジーとそれに付随する説教臭がつきまとってしまい、現役の子どもには楽しみにくい作品になりがちです。しかしこの作品からは、そうした生臭さが比較的感じられません。

皆、底のぶ厚いゴム長靴を履いて、ピチャピチャ音を立てながら歩いていく。私も遅れないように最後尾をついていったのだが、吐き気がこみ上げてきてしかたがなかった。その一本道の両脇は田んぼで、雨に濡れた道へと田んぼから飛び出してきた蛙が、走り去る車のタイヤにつぶされてちぎれ、雨水でふやけた白い蛙肉が、道一面にしきつめられていたからだ。
(p3)

福岡市の団地から引っ越してきた主人公を迎えるのが、この通学路のカエルロードです。避けようもなく死骸を踏みにじる体験や、昆虫を使った下品な遊びに参加する体験、絞めたばかりのニワトリを給食で食べる体験。こうしたエピソードにはどうしても「命の大切さを伝える」みたいな教育欲を乗せたくなってしまいますが、東直子はそれを控えて、小学4年生なりの受け止め方をささやかに記述するにとどめています。著者の感傷を抑え、フラットに体験を投げ出していることが、ノスタルジーものの陥りがちな罠から逃れ得ている理由になっているようです。そのため、体験の重さがストレートに伝わってくるので、読み応えのある作品になっています。
そうした表現を可能にしたのは東直子歌人としての写生力であるといってしまうとあまりに紋切り型ですが、ほかにうまいまとめ方も思いつかないので、これで終わりにします。