『さくら坂』(千葉朋代)

さくら坂 (Sunnyside Books)

さくら坂 (Sunnyside Books)

第14回日本児童文学者協会長編新人賞入選作。前途有望な高2女子が骨肉腫にかかって右足を切断する選択を迫られる話です。骨肉腫という病気は、前世紀の難病ものの物語で使い尽くされた感があるので、この病名を聞いただけで読む気をなくす方も多かろうと思います。でも、ちょっと待ってください。
若い人が急に難病になったらどのような悲嘆のプロセスをたどるのか、その過程が綿密にシミュレーションされているところが、この作品の優れている点のひとつです。おそらく、キューブラー=ロスの死の受容の過程が参考にされているものと思われます。友人関係等の軋轢の描写は最低限にとどめられているので、ベタなお涙頂戴ものにはなっていません。医療のサポートは受けながらも、あくまで個人が病と向き合うさまに焦点が当てられているところに、この作品のよさがあります。また、インターネットを使って病気について調べると自分の望む情報(この場合は、足を切断しなくても生き残れるという情報)しか得られないという問題や、義足の技術の進歩など、現代ならではの病との向き合い方が拾われている点も、興味深いです。
右足がなくなるという事態は、身体性というものを強烈に意識させます。この作品のもっとも大きな成果は、さまざまな観点から身体性についてアプローチしたことです。
主人公の美結は、切断前から幻肢痛に異様な興味を抱きます。そして、切断後は身体の方が先に「新しい形」を受け入れていくというということから、「自分の肉体さえ、わたしの苦しさに寄り添ってはくれない」と、身体と精神の乖離に思い悩みます。
切断後に必要になる義足についても、詳しく描かれています。義肢装具士は、義足は切断される方の脚ではなく健康な方の脚を元に作るのだと説明します。つまり、義足はなくなる脚の代替物ではありえないのです。美結はそのことを、「とても意外ですてきな発見だった」と受け止めます。
脚の切断部に義足を装着する場面では、ソケットとピストンという無機的な比喩が使われます。ここでは、サイボーグ化する身体が描かれています。
この作品の応募時のタイトルは『脚葬』というものでした。美結は切断後の右足の処遇が気になり、切断した脚を見せてほしいと医師に要請します。美結には、脚を葬送するという儀式が必要だったのです。この、脚葬の場面が圧巻です。切断された脚に化粧を施して送り出す場面は、非常に衝撃的であるとともに、神秘性や荘厳さも感じさせます。
身体性という難しいテーマに独自の調理を施した新人が、次はどんな作品を書くのか、今後が楽しみです。