『ひみつの塔の冒険』(マージェリー・シャープ)

岩波少年文庫版「ミス・ビアンカ」第3弾。当初の予定では少年文庫版は3巻までの刊行ということになっていましたが、ぜひ継続して出してもらいたいです。
第3巻では、ミス・ビアンカが「囚人友の会」を引退してしまいます。しかし、引退を祝した船遊びのパーティーで、ミス・ビアンカは池のほとりの塔に閉じ込められたあわれな囚人を発見してしまいます。その囚人とは、前巻『ダイヤの館の冒険』に登場した残虐な老執事マンドレークでした。ミス・ビアンカはマンドレークに改心のチャンスを与えるため「囚人友の会」で彼の救出作戦を提案しますが、盟友バーナードを含めた全員の反対にあい、単身で行動することになります。
2巻に続き、またもミス・ビアンカバーナードは引き裂かれてしまいます。罪人の更正を信じるミス・ビアンカと、再犯の可能性をおそれるバーナード。この思想的断絶は、ノブレス・オブリージュを体現するミス・ビアンカと庶民のバーナードの階級の断絶に根ざしているところが、なんとも残酷です。
さて、マンドレークは問題の塔の最上部に監禁されていました。どこにも出入り口がないのに毎日食料が出現するという怪現象が起きていたので、マンドレークは元雇い主の大公妃の魔法だとおびえています。しかしミス・ビアンカは「魔法を信じるには、あまりに理性的だったし、教養がゆたか」だったので、すぐさまそのからくりを暴いてしまいます。そして、脱出を成功させるためにはまずマンドレークの気力と体力を回復させることが重要だと考え、ビタミン剤を投与するという作戦を始めます。ミス・ビアンカの魅力を数えあげるときりがありませんが、この合理的精神も大きな魅力のひとつになっています。
一方のバーナードも、大きな試練に直面します。ミス・ビアンカに代わって婦人議長に就任した体操教師の女ねずみが、「囚人友の会」の本来の活動をおろそかにして、健康増進のため会員に体操を強要しました。「カロリー表」「巻き尺」「鉄アレイ」による恐怖政治を断行する体操教師に嫌気が差した会員たちの苦情は事務局長のバーナードのもとに殺到し、体操教師と結婚して議長職を引退させろなどと、無理難題を押し付けられます。
小学生のころはミス・ビアンカの華々しい冒険にばかり心を奪われていましたが、いまになって読むとバーナードの地に足のついた苦労が偲ばれ、バーナードの方をより応援したくなってしまいます。愚かなトップのせいで空中分解しそうになっている組織に踏みとどまること。地味だけど、これも立派な英雄的行動です。

バーナードのような人柄の英雄的行動は、人の目につくようなものではありません。他人が、それを英雄的行動だとはみとめないことが多いのです。でも、英雄的行動であることにちがいはありません。
(p173-174)

階級による断絶を埋めようもないものとして描きながらも、それぞれのフィールドでの戦いをどちらも同等の価値のあるものとして描いているバランス感覚が、マージェリー・シャープの美点です。