『日小見不思議草紙』(藤重ヒカル)

日小見不思議草紙

日小見不思議草紙

飛ぶ教室」に掲載された短編に、舞台を同じくする短編を加えてまとめた短編集。これが著者の単行本デビュー作となります。
どの話も、日小見(ひおみ)という架空の町の江戸時代の物語となっています。人の世界と人ならざるものの世界の交歓がしっとりと描かれた、味わい深い作品ばかりです。
「草冠の花嫁」は、豆腐屋で働いている記憶喪失の青年清七が、油揚げを買いに来る少女が仕えているおひめさまが作った草冠をきっかけに自分の出自を思い出す話。ここではない世界への憧憬が痛切に描かれています。
「おはるの絵の具」は、絵描きの新吉と、新吉のために不思議な絵の具を調達してくれる少女の物語。少女は季節ごとに美しい絵の具を用意してくれますが、会うたびに衰えていきます。悲劇ははじめから約束されています。約束された悲劇が淡々と閉じられるさまは、美しいとしかいいようがありません。
しみじみと読者の感情を揺さぶる作品ばかりですが、文章は抑制が利いています。文章と物語の手綱さばきが実にうまいです。
そんな落ち着いた作品が多いなかで、「龍ヶ堰」という短編だけはぶっとばしていて、これはこれでおもしろいです。人間の世界にまぎれ込んだクマたちが、竜神の妨害を押しのけてたった一夜で堰堤を築き上げるという物語です。人間に化けていたクマが正体を現すと人間にハチミツを勧めるという気の抜けた場面、夜中にクマの胸の三日月が蛍のように光るという幻想的な光景、竜との大迫力のバトルと、みどころがたくさん。異類が治水工事の手助けをするという民話の類型が、楽しく料理されています。