『あしたがひっこし』(新冬二)

『あしたがひっこし』
風がびゅうびゅう吹いて窓ガラスががたがた音を立てる何となく寂しい冬の朝、小学4年生のキヨシの家に黒いレインコートを着た二人組の男が突然訪問してきました。刑事だと名乗る男は、この家がキヨシの父が転勤中の友人ヤスイ君から借りているものだということを聞き出し、「そのヤスイさんっていう人が、もしもどってくると、こまりますね」と、意味ありげなことを言います。そして、先月《ミニー》という洋菓子店でケーキを買ったかという、意図のわからない尋問をして去っていきます。
この、一気に日常を揺さぶってくる導入に引き込まれます。この3日後、男が予言したかのように、ヤスイくんからもうすぐもどるという手紙が来て、一家は引っ越ししなくてはならなくなります。
その後休日は家探しに奔走することになりますが、父親にやる気がなく、家を探すために出かけたはずが海を見に連れて行かれたりして、なかなか落ち着き先が見つかりません。そうこうしているうちに不審者に家をのぞかれるという事件が起き、だんだんと不穏な空気が高まってきます。
都市にはいくらでも家があるのに、自分たちが住めると家はどこにもないという孤独感。物語の要所要所で冷たい風が吹き、不安を煽っていきます。
ホラーじみた超常現象や大きな犯罪が起こるわけではありませんが、作品世界の不穏さは尋常ではありません。当たり前のように享受している「住む」という営みが失われてしまうかもしれないという不安、現代を舞台にした児童文学ではあまり見られないテーマが、とても味わい深く料理されている作品です。