『香菜とななつの秘密』(福田隆浩)

香菜とななつの秘密

香菜とななつの秘密

主人公が朝早く登校する導入部が魅力的です。人がいないので学校内の掲示物などを好きなだけ眺めていられるという解放感、校内のちょっとした変化からいろいろなことを予想する楽しさ、幸福感に満ちた朝の光景が繰り広げられます。やがて主人公の香菜は極端に無口な子で学校ではほとんど口を利かないということが明らかになります。でも香菜は特に不自由なく学校生活を送っているようです。教室に一番乗りし、足音で次に入っている子を予想する場面あたりで、読者は主人公の属性に気づかされます。教室に入るまでの場面でみせた異常な観察力とこの推理力をあわせて考えると、どうやらこの主人公は探偵役らしいと。
ということで、この作品は小学校を舞台にした日常の謎ミステリだということになります、探偵役が無口なため、「さて」と言って謎解きをする場面がないのが、この作品の珍しいところです。セリフが差し挟まれないので、地の文だけで流れるように推理と解決の過程が展開されます。ここがすいすい進んでいくので、読み心地がいいです。特別悪意があって謎が発生しているわけではないので、探偵が真相を暴き立てなくても別に差し支えはありません。この事件の温度もちょうどいいあんばいで、優しい作品世界を構成しています。
しかし、主人公の設定に教育的意図をこめるならこうなるだろうなという方向に物語は進み、香菜の個性は否定されてしまいます。せっかく無口でも自足して楽しく生きているャラクターを作り上げたのだから、それを最後まで肯定する道を選んでもよかったのではないかと思います。