『時知らずの庭』(小森香折)

時知らずの庭

時知らずの庭

小森香折は、どんなジャンルもうまく料理できる器用で異常に引き出しの多い作家というイメージを持たれています。しかしわたしは、小森香折の才能が最大限に発揮されるジャンルはやはりファンタジーだと思うのです。レメディオス・バロの絵画をモチーフにした神秘的なグノーシスファンタジー『ニコルの塔』や精緻な工芸品のような美しいファンタジー『十三月城へ』など、児童文学史に残る傑作ファンタジーをいくつも作り上げています。そんな小森香折が、また新たなすばらしいファンタジーを生み出してくれました。
森の園芸学校に通うリスのホップは、アナグマのイダが管理する「時知らずの庭」という秘密の庭園に庭師見習いとして雇われることになります。
「時知らずの庭」の植物は森の住人の悩みに連動して病んだりするので、ホップは必然的に人助けに勤しむことになります。偏屈だったりわがままだったり尊大だったりするする森の住人の厄介な個性と、不思議植物の特性が衝突する展開が楽しいです。
楽しみどころはたくさんありますが、地口が効果的に使われているところも目を引きます。ヤマシイ気持ちを栄養にして生い茂る〈ヤマシイ草〉をめぐる騒動では、〈ヤマシイ〉気持ちと〈ヤサシイ〉気持ちは似たものだという発見が得られます。脱走した〈夜泣きニンジン〉をつかまえたところ、ニンジンは漢字で書けば〈人人〉だから自分をやっつけるのは〈ひとごろし〉と同じなのだと屁理屈をこねられるエピソードも愉快です。
ホップは人助けのために奔走し、自分の望みを犠牲にして仲良くなったドードー鳥のキミドリに恋人ができるように魔法のタンポポに祈るなどの献身をみせます。そのため、作品世界には善意があふれているようにみえます。しかし、庭を守っているのが大蛇でその名前が〈リリス〉であるとか、歴代の庭師見習いが……とか、不穏な要素も散見されます。なかなか尻尾をつかませてくれない神秘的なファンタジーになっていて、小森香折ならではの酩酊感を味わわせてくれます。
庭の秘密はまだ明らかになっていないことだらけなので、可能であれば続編も出してもらいたいです。