『3つ数えて走りだせ』(エリック・ペッサン)

3つ数えて走りだせ

3つ数えて走りだせ

フランスの中学生アントワーヌとトニーが、特になにも考えずに3つカウントして走り出し、思いがけない数日の逃走劇を繰り広げます。
ふたりは暗いトンネルを越え、川を越え、いくつもの境界を越えていきます。無計画に走り出したため、食料を調達するためには盗みをはたらかなければならなくなり、犯罪に走るという一線も越えてしまいます。
ページが進むと、なにも考えていないようにみえたふたりの家庭環境の問題や、フランスの社会問題も浮上してきます。それももちろん重要ですが、この物語の主眼はあくまで走ることです。逃走はすなわち闘争です。著者はあまり大きな事件を起こそうとせず、走るということに焦点を当てて140ページほどのコンパクトな物語にまとめています。この物語の手綱さばきはみごとです。
物語の語り手であるアントワーヌには、事件終了後にマスコミが報道した〈物語〉に対抗しようという意図もあったのでしょう。

走り続けた本当の理由が、そのときはまだわからなかった。人はろくすっぽ考えもせずに、なにかを始める。そしてその意味がわかるのは、ずっとあとになってからなんだ。

ぼくたちの話を、いま、ここに語ろう。真実を明らかにするためというよりも、結局のところ、それが、とてもすばらしい物語だと思うから。
(p9-p10)

少年にとって、語ることも大人との闘争なのです。
物語の中盤で、アントワーヌが作家志望者であったことが明らかになります。そのため、この語り手の信頼度は低く見積もらなくてはならなくなります。アントワーヌはなにを語らず、どこで嘘をついているのか、そのあたりを考えながら読むと、作品をさらに楽しむことができそうです。