『靴屋のタスケさん』(角野栄子)

靴屋のタスケさん

靴屋のタスケさん

1942年、小学1年生の女の子は、町に新しくできた靴屋のお兄さんタスケさんと仲良くなります。時代が時代なので材料も手に入りにくく靴は贅沢品です。女の子は親にわがままを言って赤い靴を注文します。タスケさんは皮探しに奔走し、靴を完成させ、ふたりで立派な靴を履いてダンスをします。
贅沢品の靴は、ここではない世界への憧れを示します。お父さんは赤い靴など履くと「異人さんにつれてかれちゃうぞ」と脅かします。そういったあぶなさも、憧れを増幅させます。
やがて、目が悪くて徴兵検査に落ちていたタスケさんも戦地にかり出され、町も空襲で焼けてしまいます。
この作品では、戦争に対する怒りは声高には語られません。ただ、少し成長した女の子は、タスケさんの靴と自分の赤い靴がリズムを刻みながら歩いていく様子を幻視します。

かかと かかか
 かかと とかか
  かかと ととと
   とまれ かかと
    ととと
     ととと 

靴の歩みは、ありえたかもしれない可能性の象徴です。それが奪われたという事実を突きつけるだけで、戦争の悲惨さは効果的に伝わります。
森環のイラストも、強烈な印象を残します。70ページの女の子の泣き笑いのような絶望しているような表情にどんな感情が隠されているのかを考えると、眠れなくなります。