- 作者: 梨屋アリエ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/08/02
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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オルゴール・ガール
複雑な家庭に育った男子と女子が、宛先不明のオルゴールのプレゼントを媒介としてつながる話です。男子は恋愛依存症気味で、女子は恋愛をしないアセクシュアルである可能性を持った子です。そんなふたりは、恋愛や結婚は人を幸せにしないと絶望し、「きょうだい」の契りを結びます。性や家族の多様性といった観点で、非常に先進的な試みをしています。特に、Aセクの子どもが児童文学作品に登場する事例はまだ珍しいです。ただし、その先進性はこの作品の魅力の一部分に過ぎません。人間関係の難しさの前に子どもをたたずませながらささやかな抵抗をさせる手綱さばきが絶妙です。「オルゴール」「悪い魔法使い」「玉子焼き」といったキーワードが効果的で、味わい深い短編に仕上がっています。
放課後ビブラート
なんやかんやあってずっと習っていたバイオリンに行き詰まった女子が魔法少女詐欺に遭う話。この作品での魔法少女活動は卑猥な変身シーンを自撮りしてネット配信することでした。つまりは、児童に対する性的搾取でしかないのですが、女子がその活動に「やりがい」を感じていく様子を作品は皮肉たっぷりに描いていきます。こうなってくると、魔法少女だけでなくバイオリンのようなお稽古ごとも同様の搾取なのではないかという疑いさえ持たれてしまいます。
わたしはふつうのみんなとは違うんだから、ちっさくなんて生きてたまるか。
好きだからやる。楽しいからやる。結果はどうあれ、いいことをしていると思うから、とにかくやる。魔法少女はちっちゃなことではへこたれないのだ。
「まあ、そうなるしかないよね」という感想しか出てこない脱力のオチが最高でした。
二兆千九百億
女子はお赤飯を炊かれるのに(それもいやだけど)、男子はスルーされることの非対称性。なかったことにされる男子の性は、女子とは違った面で抑圧されていて、それはそれで大変です。性嫌悪と性の肯定の間で揺れる男子の心情といった難しい問題を、「二兆千九百億」などという理屈っぽい側面からユーモラスに料理する手腕がみごとです。
わたしを見ないで
コンクリートの壁に描かれたファスナーで世界をひっくり返すという奇想が、ありふれた孤独感や不安をあおり立てる装置としてうまく機能していて、感情を揺さぶられます。
恋する熱気球
支配的な母親、コミュニケーションのできない兄、生徒の心に無責任に恋の炎を着火させる教員と、どうしようもない大人ばかり出てくる作品です。それだけに、それを跳ね返す子どもの生命エネルギーが表出された、作品集の最後を飾るにふさわしい前向きな作品になっています。プラネタリウムに行こうという約束など、ささやかな未来のイベントを希望のよりどころとし、「生きる」ということの力強さを描ききったラストの美しいこと。