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- 価格: 702円
- 作者: 山中恒,沼野正子
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 1992/12
- メディア: 単行本
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1992年偕成社刊*4の作品がポプラポケット文庫入り。登場人物について細かい設定変更*5があり、時代に合わなくなった用語などは修正されています*6。そのほか、文章の表現は大幅に書きかえられています。膨大な書きかえの意図をそれぞれ推量するのは不可能ですが、現代の子どもが読みやすいように作品をアップデートする努力を惜しまない山中恒の姿勢には頭が下がります。
離婚再婚や親の病気といった他人に気軽に話すのははばかられるとされるようなことを、ぬけぬけと当たり前のように語ってしまったことがこの作品の成果です。学校の先生から作文を褒められ父親の血であろうと指摘されたミフは、「でも、あたし、おとうさんとは、アカの他人なんですけど」*7と言ってのけ、どん引きされます。このあっけらかんとしたところが、当時の児童文学としては先進的でした。
でも、そういう児童文学史上の位置づけといった建前はあまり重要ではなく、山中恒作品ですからあくまで娯楽読み物として笑いとばすのが正しい楽しみ方です。『まま父ロック』は山中作品のなかでも特に奇人度の高い人物が暴走する、超絶におもしろい物語なのです。
たとえばおねえちゃんは、ママと雪影先生がキスしているところをのぞきに行こうと妹を誘うような危険人物です。妹からはふだんはおとなしいのに時々とんでもない奇行をする人間だと認識されています*8。給食を食べるのが遅くて、全部食べ終わるまで廊下に放り出されてもまわりを気にせずのんびりとしている様子などをみると、将来大物になりそうな感じがします*9。
一番の危険人物は語り手にして主人公のミフです。ママを雪影先生に百万円で貸してあげようなどという問題発言を平気で垂れ流してしまいます。ママが脚立から落ちて怪我をしたとき、前々から1回救急車を呼んでみたいものだと思っていたミフは、「わくわくしながら」*10電話に飛びつきます。そして、怪我がたいしたことがないとわかると、「お願い! ママ、もういっぺん死んで! じゃないと、あたし、うそついたことになっちゃう!」*11と泣きつくのです。
子どものころは「こいつらやべえな」と思いながら読んでいましたが、大人になってから読み返すと、大人に余裕がないタイミングに限ってやらかしてくれるリアルなクソガキ感がうまく出ているようにも感じられます。
山中恒の90年代の仕事のなかでは最重要な部類に入るこの作品、ぜひ現代の子どもにも楽しんでもらいたいと思います。
*1:ポプラポケット文庫版ではミフは4年生、おねえちゃんが6年生になっている。
*2:文庫版の改稿でこれに関する部分がもっとも大きく内容に関わってくると思われる。おねえちゃんが雪影先生の息子から父親について尋ねられたときの返答が、「やさしかったよ」から「あんまりやさしくなかったよ」に変更されている。単行本版ではこの場面で父親をかばってしまう心情の複雑さをとっていたが、文庫版ではDVは絶対悪であることを強調し、わかりやすさを優先させたものと思われる。
*3:年齢は50過ぎだったはずだが、文庫版では40過ぎに若返っている
*4:初出は「別冊PHP」1987年5月号から1988年4月号。連載時のタイトルは『仮のえにしの空模様』。
*5:雪影先生の息子は、浪人生だったはずが大学2年生になっている。息子の彼女の名前が「倉田統紀子」から「杉本佳奈」に変更されているのも気になる。
*6:「鍵っ子」「公衆電話」など、現代の子どもには理解しにくくなった言葉が使われなくなっている。
*7:文庫版では「でも、あたし、今は雪影先生の子どもだけど、雪影先生とは血がつながってないし、赤の他人なんですけど」と、説明が詳しくなっている。
*8:単行本版では2章で直截に「変な人」だと評されていたが、文庫版ではこの表現は削られている。さすがにかわいそうだと思ったのだろうか。
*9:この場面、単行本版ではミフの感想が「おねえちゃんは、とってもえらいと思っていました」となっていたのが、文庫版では「おねえちゃんはすごいなあと思っていました」と、微妙にニュアンスの異なる表現に修正されている。どちらにせよ、学校で理不尽な目に遭わされている姉をみてこのような感想を抱く姉妹の距離感はなかなかいい。
*10:さすがにこれはひどいと思ったのか、文庫版では「わくわくしながら」は削られて、「ママも心配でしたが」という言い訳が追加されている。
*11:当然のようにこの台詞も微妙に書きかえられていて、「お願い! ママ、もういっぺん死にかけて! でないと、あたし、うそついたことになっちゃう!」となっている。