『夏空に、かんたーた』(和泉智)

夏空に、かんたーた (ノベルズ・エクスプレス)

夏空に、かんたーた (ノベルズ・エクスプレス)

第6回ポプラズッコケ文学新人賞大賞受賞作。音楽一家に生まれたかのんには、ふたつ悩みがありました。ひとつは、デリカシーのないニートのおじさんが家に住み着いてしまったこと。朝の6時にロングヘアのかつらに巨大なハイヒールにスカートという意味不明な格好で酔っぱらって帰ってくるという迷惑っぷりで、ご近所の目も気になります。もうひとつは、所属している合唱団の先生が腸閉塞で入院してしまって、1ヶ月後のコンクールへの参加が難しくなってしまったことです。おじさんは元はイタリアでオペラ歌手をしていたので、それを知っている友達に指導してもらうよう頼めないかと打診されますが、おじさんにはまったくやる気がなさそうで、前途多難です。
この作品は、人が生きていくうえで避けられない変化をテーマとしています。かのんの仲間の奏太は、変声期で今までのように歌えなくなりつつあることをひそかに悩んでいました。そしておじさんは、老化によって歌が変質してしまい、やさぐれてしまっていました。
こうした問題に、作品は即物的な解決法を提案します。そもそも歌うということは、身体を楽器にする、つまり機械にするという営みです。であるならば、機械の変化にはテクニカルに対応すればいいという発想になります。おじさんは奏太に「身体をギターやピアノの筐体のように使う」発声法を指導し、歌うことへの自信を取り戻させます。
合唱する曲が「変わりもの」であることからもわかるように、「変」であることもこの作品のテーマとなっています。それは異性装というかたちで取り上げられています。しかし、その扱いには深刻さはありません。おじさんはフリフリでキラキラな衣装が着たいからオペラ歌手になったのだと、軽く言ってのけます。そして子どもたちにも、コンクールでは自分の好きな衣装を着るように指示します。このように、もはや異性装など大きな問題ではないというように軽やかに扱えるようになったのは、時代が反映されているのでしょう。
ポプラズッコケ文学新人賞受賞作らしい安定感のあるエンタメでありながら、時代性も取りこんでいる、なかなかの良作でした。