『落語少年サダキチ(に)』(田中啓文)

小学5年生の忠志が落語をしたり江戸時代にタイムスリップしたりする「落語少年サダキチ」シリーズ第2弾。2巻には2話収められており、歯医者がいやで江戸時代に逃亡する話とか、成り行きで入った落語塾の塾長が酔っぱらって襲いかかってきたのでやはり江戸時代に逃亡する話とか、バカバカしい物語が展開されます。
このシリーズを読んで感じるのは、当たり前のようですが、まさにこれは落語だということです。それは、落語が既知のものとなった大人にとっての落語ではなく、落語を知り始めた子どもにとっての落語です。落語は知らない世界の知識をたくさん与えてくれます。知識だけでなく、細やかな人情の世界であったり、「一眼国」のようなシニカルな社会風刺の世界だったり、さまざまな価値観も提示して子どもの目を新しい世界に開かせてくれます。子どもにとっての落語は、なによりも知的好奇心を刺激してくれる娯楽なのです。
知識の正確さ、おもしろさという点では、このシリーズには絶対の信頼が置けます。桂九雀は解説で、1巻で披露された江戸時代の寄席の観客は拍手をしなかったという雑学はこれで初めて知ったと明かしています。本職の落語家もお墨付きを与えるほど時代考証は確かです。
2巻でも、「夏の医者」に関連して江戸時代の医療事情、「千両みかん」に関連して江戸時代の農業事情の雑学が披露されています。初物食いが過熱したために農業技術が進んでいたという情報などには、かなり驚かされました。
忠志は歯医者に行きたくなくて、江戸時代はヘルシーな時代でドリルで歯を削られることもないから現代よりいいにちがいないと思いこみます。落語塾の塾長は自然食カフェのマスターもやっていて、伝統的で安全な食にこだわっている自分のカフェが流行らないのは世間の連中がアホだからだと逆恨みをします。そういう幻想は、実際の江戸の様子をみたら破壊されます。2巻では、安易に過去に幻想を求める人々への痛烈な皮肉も展開されているのです。
さらに、物語論・虚構論としても高度な思索が展開されます。「動物園」を演じるにあたって忠志は、すべては嘘であり、落語家も客も嘘の話だとわかったうえで楽しんでいるのだという真理に到達します。
新たな知識を与え、新たな考え方や価値観を与えるという意味で、このシリーズは子どもにとっての落語なのです。それは、啓蒙的で生真面目なタイプの児童文学であるとも言い換えることができます。
基本的にこの作品は、バカバカしくて楽しいお話として受容すべきです。「とびょーん!」という驚きの声が笑えるとか、「プテラノドンが刺したくらいの」歯痛という比喩が笑えるとか、そういうのでいいのです。しかし一方で、生真面目な児童文学という面も持っています。この二面性が、「落語少年サダキチ」シリーズの魅力です。そして、どちらの面から掘っても深さがはかりしれないのが、本当におそろしいです。