『満月の娘たち』(安東みきえ)

満月の娘たち

満月の娘たち

美月ちゃんにも麗衣奈さんにもあたしにも、みんなほんとうはおかあさんなんていなくて、みんな平等にひとりぽっちなのかもしれない。
(p154)

どこまでいっても母と娘の物語。万引きする少女とか軽く病んでいる大人とかの素材が20年くらい前の講談社YAっぽくて、懐かしかったです。
中学1年生の志保は、小学校で受けた「いのちの授業」みたいな茶番を中学でもまた繰り返されるのにうんざり。母親に自分の出生時の体重を聞くと、「さみしさがつまっていたの」「三三四三グラムで、さ、み、し、さ。生まれた時がさみしさのはじまり」なんてスカした返事をされて、むかついています。
志保は幼なじみの美月と一緒に、家出した娘を死んでも恨んでいる母親が出るという近所の幽霊屋敷昭和邸に探検に行きます。これは当然不法侵入になるので、警察のご厄介になります。迎えにきた母親の反応もそれぞれ女子たちをいらだたせます。志保の母親は「こんなとこをするような子たちではないんです」と言って志保に頭を下げさせ、美月の母親は「罰しても構わない」と厳しく突き放します。
作品は母と娘の関係に正解を求めようとしませんし、求められるはずもありません。ただ、さまざまなイメージを繰り出して母というもの像をつかもうとします。それは、歯医者に行けと命令する現実的な姿であったり、またどこまでもついてくる満月のような幻想的なイメージで捉えられたりもします。さらに、死してなお消え去ることなく娘につきまとう、怪奇的な母も登場します。
とはいえ、母というものの原型があろうはずもないし、個体による差は出るし、同じ個体であっても時と場合によって出方が変わったりもします。母の像をつかむのは不可能です。でも、像をつかもうと試行錯誤することには意味があるのだろうと思います。