- 作者: 吉野万理子
- 出版社/メーカー: あすなろ書房
- 発売日: 2018/07/17
- メディア: 単行本
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最初の「12歳」編は、受験勉強のストレスからかもともと性格がねじくれていたためか、伊吹が神社の木の枝に結ばれていたおみくじを夜中に破るという暗い遊びに興じている場面からスタートします。単にただで占いをするために枝のおみくじを引いていた多朗は、伊吹も同じことをしているのだと思い、気軽に声をかけてきました。ふたりはおみくじの指示に従い、夜に小学生ふたりで南西を目指して歩くという小さな冒険をすることになります。これは皿海達哉風のリアリズム短編になっていて、非常にいい雰囲気の作品でした。
この作品の特徴は、物語的なお約束を外してくれるところにあります。それを、病気というままならないものを道具にしてくるのが、なんとも嫌らしいです。エリートの父には息子の壁となる役割が期待されるところですが、病気でそうした役割から外れてしまいます。そしてもうひとり伊吹の身近な人が難病になり、みんな大好きなああいう展開になりそうになりますが、現実はそううまく美談にはならないだろうというところに落とされます。18歳の伊吹は大人向けの雑誌に現実を少し脚色した文章を投稿することを趣味としていました。虚構をもてあそぶ少年ですから、こういうままならなさにはねじくれたかたちのダメージを受けるはずです。
しかし、そういうままならなさを描きながらも、超越者である作者は自分は物語をコントロールしているんだぞというところをみせてきます。病の兆候は伊吹にきちんと目撃させていますし、おみくじというかたちで露骨に作中人物に指示を与えてもいるのです。吉野万里子は本当に性格が悪くてすばらしいですね。
そういう意地悪な作品ですから、趣味の悪い妄想もできます。伊吹は多朗に悪い感情を持っていませんが、実は多朗は重要な局面で伊吹をひどい目に遭わせているんですよね。「12歳」では伊吹を危険な目に遭わせています。「15歳」では、伊吹が憎からず思っていた女子が伊吹のことを好きなのではないかというそぶりを見せますが、ああなるわけです。「18歳」では、父親がプロの女性を相手にあんなことをするという、息子としては絶対みたくないような場面を、多朗が手引きして目撃させます。実は多朗は伊吹のことを憎んでいて、裏からいろいろ仕組んでいたのではないかと邪推することもできそうです。