- 作者: ローレンウォーク,Lauren Wolk,中井はるの,中井川玲子
- 出版社/メーカー: さえら書房
- 発売日: 2018/10/25
- メディア: 単行本
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悪のエスカレートのさせ方がサスペンス性に富んでいて、読ませます。ペディはあるたくらみでアナベルの親友のルースに失明するほどの大けがをさせます。しかも、他の人物を冤罪に陥れ、自分は罪を免れようとします。濡れ衣を着せられたのは、第一次大戦のトラウマで世捨て人のようになっている男性トビー。不幸なトビーが保安官や警察に追い詰められていく展開もサスペンス性が満点です。真実を知るアナベルは、自分とトビーを守るために絶望的な戦いを強いられることになります。
ペティは、巧みに嘘をついて他人を陥れるタイプの邪悪な人間です。そういった悪と戦うためには、被害者も嘘という悪の道具を使わざるをえなくなるという苦い話です。
嘘を武器に戦う女子の物語ということで、昨年の話題作『嘘の木』と比較してみるのもおもしろそうです。両作品には、写真や郵便局など、共通する素材も見受けられます。ただし、『その年、わたしは嘘をおぼえた』でもっとも重要な素材は、『嘘の木』には登場しない当時のある先端テクノロジーです。「機織り機に細い黒ヘビが何匹もついているみたい(p123)」な不気味な機械。やはり、人類に悪と知恵を授けるのはヘビなのです。であるなら、これも『嘘の木』との大きな符合であるといえそうです。
見逃してはならないのは、アナベルは当時のその地域では裕福な立場にあったということです。アナベルは風呂に入る習慣を持つ家庭の子であり、仲良くしていたルースも同様の立場です。アナベルはペティが嫌われ者の男子と仲良くなると、「わたしは前にそっくりなものを見たことがあった。新しい犬が農場に来たときだ」と思います。人間を人間扱いせず畜生扱いするのは由緒正しい差別の作法です。アナベルはナチュラルに差別する側の人間なのです。
しかし、その立場でなければ、ペティに対抗するための逆転の策は使えなかったというのが皮肉です。結末を知ってからはじめを読み直すと、ペティがアナベルに金持ちだと因縁をつけてきてアナベルが自分の家庭状況を思い直す場面に重要な伏線が仕込まれていたことがわかります。著者はかなり考えて作品を作りこんでいます。
差別される側から攻撃を受けたら、それなりの対処はせざるを得ません。ただし、それが差別の構造を追認し温存する結果になるのであれば、それはさらに大きな悪となってしまいます。非常に難しい問題に、作品は踏みこもうとしています。
複雑な歴史的背景や当時の生活を物語のなかに取りこんで厚みのある歴史物語とし、ミステリ的なおもしろさも組みこんで娯楽読み物としても成立させている、非常にうまさを感じさせる作品です。著者にとってこれが初の児童書となるそうですが、先が楽しみです。