『それでも人のつもりかな』(有島希音)

それでも人のつもりかな

それでも人のつもりかな

タイトルのセンスが最高です。小林一茶の「ハンノキのそれでも花のつもりかな」を改変しこの魅力的なタイトルに磨き上げる感性に、読む前から期待がふくらみます。
家庭でも学校でも人間扱いされず自尊感情を持つことができずに育った星亜梨紗は、中学校に進学しても他人とは関わらずに生きていくつもりでした。しかし、担任の上村と父から凄絶な虐待を受けているらしい同級生の大友美有のふたり、どうしてか決して亜梨紗を放っておいてくれない人物と出会うことになります。
亜梨紗や美有に向けられる迫害や暴力は現実にあるものですから、当然この作品はリアリズム児童文学であるといえます。ただし、そのあまりの苛烈さや、それに反比例する登場人物の気高さをみると、むしろこれは宗教説話なのではないかとも思えます。
学校祭でおこなう小林一茶の人生をモチーフにした朗読劇で、美有はナレーションという大役を務めることになります。しかし父親の暴力によって参加が不可能になり、亜梨紗を代役に指名します。劇の本番、包帯だらけで松葉杖をついた美有は周囲の好奇の視線も構わずに亜梨紗を見つめます。美有に見守られながら芝居をする亜梨紗は、自分と美有が同化したかのような錯覚に陥り、いままで感じたことのないあたたかい感覚に包みこまれます。百合が亜梨紗を人間にしてくれたこの場面は、実に感動的です。
ただし、恋愛は根本的には彼女を救ってはくれません。この作品の根底にあるのは、ひとりで実を結ぶことができる雌雄同株のハンノキなのですから。人と人の関係は大事にしながらも、実は孤高の道を志向しているところが、美しいです。
亜梨紗の語りや感情には、彼女なりの論理は通っているはずですが、傍からみれば脈絡に欠け飛躍しているようにも感じられます。その荒さにこそこの作品の魅力は宿っています。これが新人ゆえの荒さなのか、それとも主人公の特性を見極めたうえで文章を制御できる技量のたまものなのか、それはこの1作では判断できません。どちらにせよ、この主人公の感情を捉えるにはこの文体が最良であったということは間違いありません。ぜひ次の作品を早急にみたいです。