『ポーン・ロボット』(森川成美)

ポーン・ロボット

ポーン・ロボット

森川成美による上質の娯楽ジュヴナイルSFが登場。田中達之のイラストもかっこよくて、謎めいた雰囲気の良作になっています。
この作品、まず序盤の異常状況の畳み掛けがすごいです。主人公の千明は6月の夕方、ジョギング中に奇妙なランナーを目撃します。全身黒ずくめのタイツ姿で、何より変なのはそのランニングフォーム。上半身はまったく動かさず下半身だけで走っていて、まるで人の形をしたダチョウが走っているような姿でした。次の場面は夏休みの初日。千明は青い髪の人間離れした美少女が時計店で万引きをしようとしているところに出くわします。千明が万引きをやめさせようと念じると、なぜか少女の動きが止まります。念じ続けているうちに千明は意識を失い、家に帰るとなんと家がまるごと消失していて、完全に千明の日常は失われます。ほんの30ページほどで、読者は作品の異常な世界に引きこまれてしまいます。
そして物語は、ロボットテーマのSFに発展していきます。争いごとは起こしたいけど自分の手は汚したくないという人間の欲望とロボットというテクノロジーが結びついたときにどのような問題が起こるのか。興味深いテーマが扱われています。
深刻なテーマは内包しつつ異世界の住人と友情を結んで世界の危機に立ち向かうという流れは、大長編ドラえもんの構造と同様です。つまりこの作品は、われわれの感性にもっともマッチしている極上の娯楽SFだということになります。
出版社のサイトでは、SF界の大御所である新井素子の解説(もちろんあの文体!)が読めます。こちらも必読です。
http://kaiseiweb.kaiseisha.co.jp/a/review/rev1902/