『最後のドラゴン』(ガレット・ワイヤー)

最後のドラゴン

最後のドラゴン

猫っていうのは、ただ無愛想なのだ。悪気はないのだ。(p262)

1803年にドイツの〈黒い森(シュワルツワルト)〉で生まれたドラゴンのグリシャの数奇な運命の物語。悪い魔法使いのレオポルドに小さなティーポットにされてしまい、フランツ・ヨーゼフ皇帝の宮廷に引き取られます。やがて魔法が解けドラゴンの姿に戻りますが、時代が変化し戦争の道具としてのドラゴンは必要とされなくなっていました。ドラゴンたちはウィーンの絶滅外来種省に管理され自由を奪われてしまいます。そんななか、ウィーンの高級ホテルのバーでグリシャが11歳の少女マギーと知り合ったことから、ドラゴンたちの運命が動き出します。
作品の序盤は、時間がゆったりと流れていきます。ティーポットにされて動くこともできず孤独にさいなまれるグリシャですが、観察することで自分の問題を忘れることができることを知り、生きる意味を見出します。不幸な身の上ではありますが、人間を超越した時間の流れを疑似体験できるのは楽しくもあります。
そして、時代はどんどん新しくなります。しかし古い都であるウィーンは魔法的なところを残しています。皇帝が使用していた秘密の抜け道があったり、至るところに猫がいたり。この都市を観光するのも、この作品の楽しみどころのひとつです。
もうひとりの主人公マギーは、母を亡くしてからずっとホテルぐらしをしている、家を持たない子どもです。そこは、故郷喪失者であるグリシャと共通しています。児童文学が好きな人であれば、ホテルぐらしの故郷を喪失した子どもという設定からエンデの短編「遠い旅路の目的地」のシリルを思い出すのではないでしょうか。シリルは、欲望のままに生き他人から収奪し尽くしていました。これとは対照的なマギーの選択が印象に残ります。