『あしたへいったねずみたち』(小沢正)

あしたへいったねずみたち (新創作童話)

あしたへいったねずみたち (新創作童話)

人生の真実が書いてある文学・本物の短編小説を読みたい気分のとき、人はどうすればいいのか、児童文学の不条理短編を読めばいいんですね。ということで、小沢正・長新太による動物童話集『あしたへいったねずみたち』に収録されている各短編を紹介します。
第1・第2の短編「窓のむこう」「二つのボール」は、人が失踪という状況に至るさまを描いた作品です。「窓のむこう」は、窓の外に見える不思議な野原の光景に憧れたきつねが蒸発してしまう、安房直子風の作品です。「二つのボール」の方は、身の回りを跳ね回るボールに悩まされるうさぎが狂気に陥りやはり姿を消す話です。
第3話「こまった手紙」も狂気度が高いです。かえるの元に毎日のように奇妙な手紙が届きます。手紙の差出人は、フライパンやエンピツけずりなど、自宅にある無生物たち。やがて手紙は、身に覚えのない百万円の借金の返済を迫るものに変容していきます。
第4話の表題作「あしたへいったねずみたち」は、ようふくだんす型のタイムマシンで1日未来へ旅立った2匹のねずみの話です。思いがけないアクシデントによって帰還が不可能になり、タイムパラドックスと実存の不安に悩まされることになります。
第5話「ダルマになる山」は、ダルマの幻想に取り憑かれた童話作家のやぎの話。入りこんだ者をダルマにしてしまう山に団地ができるということを聞いたやぎは、団地の窓から無数のダルマが顔をのぞかせるというすさまじい光景を幻視します。
さて、どの作品も頭のおかしいものばかりなのですが、なかでも白眉なのは最後の短編「ほほえむ きつね」です。ぶたのブタノくんは、電車のなかでベビーカーのあかんぼうを見て「かがやくようなほほえみ」を浮かべているきつねを観察していました。ベビーカーが去ってからもきつねのほほえみは変わらなかったので、その笑顔の理由はあかんぼうではなかったということになり、ブタノくんはその理由を知りたくなって悩みます。その後ブタノくんは、以前見かけたことのあるマネキン人形が例のきつねにそっくりであったことを思い出し、あのきつねの正体はマネキンだったのではないかと想像します。ブタノくんは、どこかへ売られてそのうち廃棄されてしまうマネキンの運命を思い、次のように考えます。

(できれば、あのきつねのそばに、あかんぼうか子どもの人形をおいてやればいいのにな)
 と考えました。そうすれば、ほほえみが、見る人の目に、いかにも本物らしくうつるにちがいないし、きつねのほうも、いまよりももっと、しあわせになれるのではあるまいか、とブタノくんには、そんな気がしたのです。

実は世の中には本物ではないものがたくさんあるのではないか、偽物には偽物の幸福があるのではないか、そんなことを考えさせられます。ただ、一歩引いて考えると、電車のなかのきつねとマネキンを混同するブタノくんの思考には明確な根拠はありません。となると、他人のほほえみを偽物扱いするブタノくんの傲慢はなんなのかという問題も浮上してきます。