『イナバさん!』(野見山響子)

イナバさん!

イナバさん!

イラストレーターとして活躍している野見山響子による、不条理SF童話。主人公のイナバさんは郵便局で働いています。忘れ物が多いうっかり者なため、境目に迷い込みやすく、よく不思議な事件に巻きこまれてしまいます。
第1話は、電車に鍵の入ったカバンを忘れて家に帰れなくなったイナバさんが、それを追って終着駅まで電車に乗るエピソードです。途中から電車内に様々なものが出現します。どうやらそれは電車内に忘れられたものたちのようで、イナバさんも遺失物として処理され保管所に監禁されそうになってしまいます。メビウスの輪状になっている線路がタイムトンネルになるというSF的な奇想が楽しいです。
この作品には、叙述のたくらみもあります。イラストを見れば一目瞭然で、物語のはじめの方で当然触れられるはずだと思われる情報について、作品はあえて言及を避けます。それが、第3話の影を追いかけてやはり境目を越える話で効いてきます。この仕掛けにはうならされました。
食べ物を描く児童文学としても秀逸です。労働に疲れた週末にカフェでオムカレーを食べる時間の、なんと豊かなこと。たまごの黄色が癒やしを与えてくれます。また、第2話で迷いこんだ絵画の世界でありつついた、キノコや干しトマト・ホウレンソウとさまざまな色彩が入り乱れるオムレツにも、食欲を刺激されます。絶対夜中に読んではいけない本になっています。