『はじまりの夏』(吉田道子)

はじまりの夏 (読書の時間)

はじまりの夏 (読書の時間)

  • 作者:吉田道子
  • 発売日: 2020/06/15
  • メディア: 単行本
小学5年生のぽぷらは父親と死別し、母親とふたりで暮らしています。最近のぽぷらの悩みは、母親が再婚を考えていること。相手も妻と死別しており、子どもがふたりいました。ぽぷらは再婚を受け入れようとしますが、相手の子どもが厄介で、新しい家族の構築は難航します。
母親がぽぷらに再婚の話をする場面、母親は子どもは未来でパートナーは現在であり、異なる時間を生きる者には地層のような違いがあるがそれが重なって今という時間があるのだと、理屈っぽい講釈を垂れます。その背景には、夏休み子ども科学電話相談のラジオが流れています。ぽぷらに浴びせられる情報量は膨大なものになりますが、結局ぽぷらは家出という、ちょっと飛躍しているようにも思える決心を軽やかにします。
ぽぷらはかつて父親と出かけた山のプールを旅の目的地とします。ところがそこはすでに廃墟になっていて草で荒れ果てていました。そして、土が盛り上がったようになっている犬の死体に草が青々と生えているさまを目撃します。
なんやかんやありますが、新しい生活にいざこざは絶えません。しかし作品は、その混乱を動的なものとして肯定します。そして名字についてもめたときは、「総称」という新しい名字のようなものをつくるという先進的なアイディアを、しれっと実現してしまいます。
小学生の夏休み、家族の歴史性と時間、あらゆる描写に厚みがあり、120ページほどの短い作品ながら読み応えは十分でした。