『サンドイッチクラブ』(長江優子)

サンドイッチクラブ

サンドイッチクラブ

だって、おばあちゃんが言っていた。『なにか悪いことが起きたとき、うちみたいな貧乏で不幸な家族が真っ先に殺されたり、難民になったりする』って。今、世界中で苦しんでいる人たちは、明日のあたしなんだ。だから、あたし、日本を出てアメリカに行きたい。大統領になって世界を変えたい!」

特に目標もやる気もないのに中学受験のための塾通いをしている桃沢珠子の物語。個別指導の塾で彼女に割り振られた部屋には、よく砂が散らばっていました。珠子の前には羽村ヒカルという子が入ることが多かったので、その子が犯人であろうと思いひそかに「妖怪砂かけババア」と呼んでいました。ヒカルは成績はいいものの、入学式に防災ずきんと防毒マスクを持ちこむなどの数々の奇行で知られる有名人でした。珠子はなりゆきでヒカルの趣味のサンドアートの手伝いをすることになり、ハムとタマゴのサンドイッチクラブを結成します。
なにより注目すべきは、羽村ヒカルというキャラクターの魅力です。彼女は亡くなった祖母から戦争体験を語られていて、その恐怖を植え付けられていました。しかし祖母の死後、そもそも祖母は戦後生まれで祖母の話はでたらめであったことがわかり、祖母の影響を受けつつも同時に激しい不信感も抱くようになりました。ヒカルは祖母から、かなりやっかいな呪いをかけられています。祖母の影響と、本人の生来の空気の読めなさが相まって、正義感からアメリカ大統領を目指す彼女は学校では独裁者呼ばわりされ孤立しています。
主人公の珠子はそんなヒカルにすぐ魅了されてしまいます。珠子はなかなかの詩人で、ロマンチックな言葉でヒカルの輝きをうたいあげます。ヒカルの前世はチーターであろうと思い、その野生味を賛美したりします。ヒカルの言葉にとろけそうになったときは、「やだなぁ、アップルパイになっちゃうよ」と激甘な台詞を吐く始末。このあつさには、あてられてしまいます。

珠子はそんなヒカルやほかの登場人物たちの影響で、なんの夢も持たない自分に悩むようになります。ここにある問題意識は、高部大問の『ドリーム・ハラスメント』で論じられているものと共通するものがあるように思われます。現代の大人は、早く夢を見つけてその実現に向けて努力せよと子どもを追い立てています。でも実際はそんなのは無理で、子どもに無駄な負担をかけるだけの結果になっています。
珠子は受験相談会で、「世界にはばたくリーダーとなれ」というキャッチフレーズを掲げる学校の担当者に、「わたしは将来なにになりたいのかわかりません。(中略)リーダーには向いてないし、ムリだと思うし……」と素直な気持ちを吐露します。担当者は、このキャッチフレーズは大企業の社長になれなどと具体的なこと言っているわけではなく、進路について考えるためのきっかけの種をまきたいのだと説明します。珠子はこの説明に感化され、そこを志望校に決めました。
いや、そういう意図だったらふわっとしたキャッチフレーズで子どもを混乱させないで、はじめからはっきりそう説明しやがれと思ってしまいます。が、結論としてはこの作品は夢で子どもを追いつめる方向にはいかなかったので、現代に必要な見識を示したものと思われます。