『ハジメテヒラク』(こまつあやこ)

ハジメテヒラク

ハジメテヒラク

綿野あみは、小学校時代に他人の恋愛沙汰に関して口が滑ってやらかしてしまい、学校で完全に孤立してしまいました。クラスの輪に入れないあみは、競馬の実況アナウンサーを目指して家出をして一時的にあみの家に居候をしていた従姉の早月ちゃんの影響で、脳内実況を趣味にするようになります。中学受験をして自分を知る人のいない中高一貫校に入ってからも、その趣味は続けていました。ところが、高2の生徒会長ジョウロ先輩に脅迫されて、半強制的に生け花部に入部させられてしまいます。
脳内実況は、世界に身の置き所のない人間が世界の外側に出るための知恵です。一方で、応援というかたちで世界に参加するという面も持っています。
のほほんと部活をしていればよかった生け花部も、後半は負けられない戦いに巻きこまれます。生け花部がお世話になっている花屋が閉店することになりました。この花屋でジョウロ先輩の思い人が働いていたので、恩返しのために文化祭での入賞を目指そうということになります。あみはまたも他人の恋愛沙汰に巻きこまれることになり、同じ失敗を繰り返さないようにするという試練が与えられます。ここであみは、生け花ショーの実況を任されます。さまざまな要素を収束させ終盤の盛り上がりにつなぐ構成力はみごとです。
講談社児童文学新人賞受賞『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』に続くデビュー後第1作。まだ2作しかありませんが、すでに複数の顕著な長所を持つ作家であることを証明しています。
ひとつは、すでに指摘した構成力。ひとつは、多様性や多文化共生を当たり前のように描く描いていること。
そして、もっとも大きな長所は、言葉への愛です。『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』にしても『ハジメテヒラク』しても、聞き慣れない言葉のタイトルで読者の興味を引きつけてくれます。これはけっして知識をひけらかしているわけではなく、素朴に言葉をおもしろがる感性のなせるわざなのであるということは、作品を読めばわかります。
プレーンで良質なYAをものす実力があることはよくわかったので、次はもっと違う趣向の作品を読んでみたいです。