『with you』(濱野京子)

with you (くもんの児童文学)

with you (くもんの児童文学)

「そうでしょうね。そういう子は、どうしても、おとなになっちゃう」
「おとなに?」
「しっかりしてしまう。苦労は買ってでもしろっていう人がいるでしょ。苦労が人を成長させることもあるから。でも、わたしはそうは思わない。苦労なんかしない方がいいに決まっている」(p209)

高校受験を控えた悠人は、優秀な兄に比べられることや父親が外に女を作って出て行ったことなど家庭内にもやもやを抱えていて、それを紛らすために夜にランニングをすることを習慣にしていました。そんなときに、夜の公園でひとりブランコに乗る女子朱音と出会います。なにか悩みがありげな感じでしたが、朱音は富裕層用のマンションに住んでいたので、たいしたものではなかろうと悠人は思っていました。しかし、交流を重ねるうちに、朱音はひとりで心身に病を抱える母親の世話をしていて限界寸前であるということがわかってきます。
まずこの作品で味わうべきことは、恋愛物語としての甘さです。悠人の気持ちははじめは同情心を恋と勘違いしたものでしたが、やがてふたりはおたがいの恋心をあたためていきます。中三の冬といえば、特別な悩みがなくてもセンチメンタルになるものです。そして、バレンタインなどカップルのためのイベントも目白押しです。そんな特別な季節を作品はベタ甘に描いていきます。
著者の濱野京子は手練れの社会派児童文学作家なので、もちろん同情のその先も描きます。役所で福祉関係の仕事をしている母親から知識を与えられ、悠人のまなざしはサポートが必要な人にサポートの手が届かない社会の矛盾へと向けられていきます。

これまでも、世の中が不公平だと思うことがよくあった。それは、主には兄とくらべられたりした際に感じたことだった。けれど、今までとはちがった怒りのようなものが悠人の心にうずまく。(p126)

母親は人には人権があるという当たり前のことを説き、現状の制度の限界を知りながらも朱音のためにできることを考えていきます。ただし、このまっとうな大人である母親が官製ワーキングプアとして搾取される側でもあるというのが、日本の社会の闇です。濱野京子は日本の現状をしっかり見つめています。
恋愛物語としての甘さと社会派児童文学としての誠実さが両立した良作でした。