『きみがまだ知らないティラノサウルス』(ベン・ギャロッド)

2020年に創刊され現在主に古典ミステリを出している早川書房の児童書レーベル「ハヤカワ・ジュニア・ブックス」から、「ハヤカワ・ジュニア・サイエンス」としてイギリスの生物学者による恐竜の解説書が一挙に3冊刊行されました。早川書房といえば、SFやミステリだけでなく翻訳ノンフィクションにも強い出版社です*1。出版社の強みをどんどん出して、早くも児童書界で独特の地位を築きつつあります。
この本のはじめには、あるタイプの子どもたちに向けてこんな励ましの言葉が述べられています。

かしこいことはわるいことじゃない。

知識欲や知的好奇心が強いことによって迫害される子どもは、日本だけでなくイギリスにもたくさんいるようです。おそらく世界中にそんな子どもはいるはずです。このようなあまりにも当たり前に思える言葉を届けることは、大人の重要な役割です。この言葉の意図するところをもっと直截に語っている部分もあります。「さあ、きみもオタクになろう」と。
ところで、「ハヤカワ・ジュニア・ブックス」の巻末にある「読者のみなさんへ」は、飾らない言葉で子どもたちの幸福を願い祝福していて、数多ある児童書レーベルの刊行の辞のなかでも格別に美しいものになっていました。ここで主張されているのは、子どもたちの「好き」を育てたいというたったひとつの使命です。これも要約すれば「さあ、きみもオタクになろう」ということです。「ハヤカワ・ジュニア・ブックス」初のノンフィクションであるこの本は、レーベルの特色を体現している作品であるといえます。
最強の肉食恐竜、鼻に風船を内蔵していた(かもしれない)奇妙な恐竜、意外と強力なしっぽスパイクで身を守るベジタリアン恐竜、そうそうたる恐竜のセレブたちの生態が最新の知見を元に解説されます。ユーモアあふれる語り、章ごとに配置されたクイズ、自己主張控えめな最小限の図やイラスト、子どもの理解を深める様々な工夫がちりばめられています。
それぞれの本の最後の方には、ティラノサウルストリケラトプスやステゴサウルス対アロサウルスなどの恐竜バトルの想像が描かれています。それぞれの能力値が記されたカードを出して、カードゲームのようにしているのも楽しいです。しかし、勝敗は能力値だけで決まるわけではありません。戦うのは昼なのか夜なのか・そのときの気象・地形など様々な条件も考慮に入れると、勝敗を占うには推論のための高度な知的能力が求められます。これを楽しめるようになれば、もう立派なオタクです。『きみがまだ知らないステゴサウルス』では、16頭の恐竜のトーナメント表が提示され最強の恐竜を決めよと促されます。これはシリーズの実質的な卒業試験のようです。

*1:演劇、演劇も!