『けむりの家族です』(杉山径一)

1970年、太平出版社刊*1。現在ではまず出版できなさそうな昭和アングラ児童文学です。語り手の少年泰男が次々と奇怪な人物に出会い、やがて奇人たちはひとつの家族であったことが判明、その家族が原っぱでのろしを打ち上げUFOを呼び出そうとする場面がクライマックスになるという構成の作品です。
泰男が遭遇するのは、初手から異次元の人物です。ある夕方、泰男は白タクの運転手から団地まで送っていってやると言われ、乗りこんでしまいます。乗る前から子どものような声の運転手だと不審に思っていましたが、顔を見ると本当に小さい子どもでした。昇一平と名乗る子どもは、自分は学校に通っていないとか家がないとか理解しがたい身の上を語り、泰男と友だちになりたがります。次に出会ったのは、星ともこと名乗る男装女子の占い師。彼女もなぜか泰男が友だちになってくれそうだと言います。
占い師と出会ったその次の日には、駅前で「宇宙つうしん」とやらについて演説している男を目撃します。しかし男は人々の方を向かず、壁に向かって話しています。男にはコミュニケーションの意志があるのかどうか判然としません。この男が昇一平と星ともこの父親で、空知信平と名乗っています。彼らは全員で6人家族で、マイクロバスを住処にしています。そして、全員異なる名字を持っています。夫婦別姓どころか家族全員別姓という超進歩的な家族です。
チャネリングは、冷やかしの人々が見守るなか、団地近くの原っぱで決行されます。団地のそばになにもない空間が広がっている昭和の風景は、寒々としていますが不思議な懐かしさが感じられます。のろしに使われるタドンには動物のフンが混入されていて、異様な臭気を漂わせます。さらっと書かれていますが、そのなかにはオオカミのフンもあるそうです。昭和40年代の日本でもオオカミのフンは入手難だったと思われますが、ここでも家族のアウトサイダー性が強調されます。
周囲の人々の目は冷ややかです。泰男の兄などは、21世紀の出版物ではまずお目にかかれない単語を連発して、家族を罵倒します。団地の住人が開いた緊急集会では、児童労働はよくないなどと正論が吐かれますが、その裏には場当たり的な排除の論理しかないことは明白です。
ところで、太平出版社から刊行された書籍版は、この作品の完全版ではありません。物語の冒頭、泰男は父親にねだってテープレコーダーを買ってもらったことを報告します。その入手目的はこの事件の顛末を吹きこむためであり、文章はその下書きにすぎないのだと述べます。つまり、この作品の本体はテープに録音された音声であり、文章で書かれたものは不完全な模倣品でしかないのです。伝達の手段を選んでいることから、泰男には明確な伝達の意志があるのだということがわかります。
泰男の語りは家族に肩入れしているので、大多数の読者は家族に同情的になるものと思われます。では、本体の音声を聞いてしまったらどうなるのでしょうか。それを聞くことは、洗脳に近い体験になるのではないでしょうか。この作品の本体は、世に出なくてよかったのかもしれません。