『夜明けをつれてくる犬』(吉田桃子)

美咲は言葉を口にだすことが苦手な子。唯一の友だちであった犬のレオンを亡くしてから、うまくいかないことの多い彼女の日々はさらに暗いものになりました。しかし、生花店でレオンにそっくりの犬と出会ったことから美咲の運命は少しずつ変わりはじめます。
いままでの吉田桃子作品のイメージとはかなり異なる、作品世界の張り詰めた空気にヒヤリとさせられます。ただしその緊張感は、美麗さも伴っています。「友だちがいないままおとなになったひとなんて、この世の中にいるのかな」と幼いころから思い悩んでいた美咲を救っていたレオンの不在は美咲の世界を停滞させ、未来への不安で押しつぶしそうになります。学校での目下の美咲の悩みは、卒業式の「おくる言葉」、それも美咲のために配慮されてかなり短くされた「記録更新をめざした水泳大会」という文句が言えないというもの。家庭での悩みは家族が新しい犬を飼いたいという意向を示しはじめたこと。どちらも未来の見えない美咲には大きなプレッシャーになります。
そんな美咲がもろもろを乗り越えて発した言葉があの問いであったことは、とても美しいと思いました。