『ボーダレス・ケアラー 生きてても、生きてなくてもお世話します』(山本悦子)

「鬼ヶ島通信」連載作に加筆を加えた作品です。大学生の海斗は親の命令で、祖母の世話をすることになります。愛犬の豆蔵が死んで以来誰もつながっていないリードを持って散歩をするようになったことなど不安要素もありましたが、割といいバイト料も出ていたのでお気楽に考えていました。ところがリードを持ってみると、いないはずの豆蔵の姿が見えました。さらに、周囲に幽霊のような存在が見えるようになってしまいます。セーラー服を着た地縛霊のような女子セーラによると、それらは生者と死者のボーダーラインに立っている「ボーダー」なのだそうです。交通事故死した高校時代の同級生や「イデン」とか「トイデン」といった謎の言葉をつぶやく黄色いキャップをかぶったおじさんなどのボーダーを目撃した海斗は、彼らの未練を晴らしたり晴らさなかったりする活動を始めます。
神隠しの教室』や『今、空に翼広げて』といった重量級の作品が目立つ山本悦子が「なんとかケアラー」という話題の時事用語っぽいタイトルを出してくるので、どんな剛速球が来るかと身構えてしまいます。ところが意外なことに、この作品はちょうどよい軽みを持っていました。
まず、犬のリードを持つことによって非日常につながるという設定が魅力的です。主人公が童話的な世界とはもう離れてしまったように思える大学生であるというミスマッチもよい方向に働いています。連載作だけあってエピソードごとに話が完結しているので読みやすく、ボーダーたちの未練を探るという軽いミステリ要素もあるので娯楽読み物としてさくさく読み進んでいけます。
この作品には深刻さを軽減するための様々な工夫が施されています。ボーダーは怨霊のようになって人に害をなすわけではないので、ほうっておいても別にかまいません。成仏しようが現世にとどまろうが、ボーダーにとっての幸せはそれぞれであるとされています。海斗とセーラに年齢差があることも、恋愛感情を抱いて動機が増し事態が深刻化することを予防する役割を果たしています。海斗がボーダーのために行動する必然性はなく、善行をなすかどうかはすべて海斗の意志に委ねられています。
それゆえ、しなくていいことをする主人公の善性が輝いてきます。頭はあまりよくなさそうだけど底抜けにお人好しな主人公のキャラクターが、この作品のよさの主柱になっています。