『ろくぶんの、ナナ』(林けんじろう)

第17回ジュニア冒険小説大賞受賞作。遠足でひとりだけ迷子になってしまった小学5年生のナナは、ボロっちいあやしげなお土産屋さんに迷いこみ、不思議なサイコロをもらいます。そのサイコロには目ごとに異なるコロ格(人格)があり、サイコロを振ると出た目にナナの人格を乗っ取られてしまいます。
特殊設定はありますが、物語は地に足がついています。ナナは多少引っ込み思案な性格ですが、そういった悩みは程度の差はあれ誰にでもあるものです。最初の迷子の場面の心細さで読者の共感をうまくつかんでいます。不思議なサイコロも、現実的に置き換えれば一気に個性豊かな友だちが6人もできたといううれしさに変換できます。クライマックスの大冒険も、小学生の生活実感にあった大冒険になっています。
作品の雰囲気は、昭和後期から平成初期のユーモア児童文学のものに似ています。より具体的にいえば、くもん出版のレーベル〈ユーモア文学館〉にあったような作品を現代的に洗練させたような感じです。中盤には、サイコロの能力を使って怒りっぽいおじさんや友だちのいとこの生意気少年など身近な厄介さんとバトルする展開もあります。このあたりも往年のユーモア児童文学っぽいです。
現在の児童文学は子どもの目線に降りて寄り添う視点のものが主流です。しかし、この作品の文体には、良識ある大人が適度な距離を置いてあたたかく子どもを見守っているような安心感があります。
全体的に落ち着いていて懐かしい感じのする作品で、2,30年くらいキャリアのある作家が肩の力を抜いて書いたもののようです。現代のエンタメ児童文学の流行とは異なる雰囲気の作品ですが、それゆえ独自性があり、得がたい価値があります。
ところで、このタイトルと設定からこの懐かしいやつを思い出した人は、どのくらいいるでしょうか?