『おれの墓で踊れ』(エイダン・チェンバーズ)

1982年にイギリスで刊行されたYAの古典的名作が文庫化。同性愛テーマのYAの先駆けとしても名高い作品です。
タイトルが鮮烈な印象を与えます。16歳の少年ハルは、親友以上の関係であった18才の少年バリーを喪います。そして、彼の墓の上で冒瀆的な行動をしていたとして警察に捕まります。この作品のほとんどの部分は、事件後にハルが書いた手記の形式です。つまり、物語開始時点で決定的な事件はすべて完了しているのです。
ハルは英文学の教師から才能の原石を見出されて、学校に残り英文学を学ぶように勧められていました。しかし、両親や他の教師たちは実学や労働を重んじる人間ばかりで、作中では文学に対する罵倒が繰り返されます。

「変なことを言うもんだね。役に立たないものを勉強しろなんて」
「仕事を見つける役には立たないって意味だよ」
「だって、大事なのは仕事だろ」

「文学は役に立たないんですか」
「立たないね。物理や化学や数学や医学みたいな意味では。世間が必要としているのは、そっちのほうに詳しい人なの。詩人なんかいなくてもなんとかなる」

ただし、そういう意味での文学の役に立たなさを誰よりもよく知っているのは英文学の教師で、「英文学を専門にするのは実にばかげていることも、付け加えておいたほうがよさそうだ」と、最も辛辣な真実を告げてしまいます*1
であるからこそ、役に立たない文学の価値は輝いてきます。たとえばハルは、聖書という文学のダビデヨナタンのエピソードから隠された真実を知ったりします。
さらに、この作品で強調されているのは、読むことよりも書くことの意味です。ハルは書くことで現実を整理しあるいは虚構化し、自分の血肉にしていきます。
記述される内容は荒々しくも繊細な自意識の表出です。記述されたものであるという設定により、ハルの自意識のあり方はさらに増幅されます。これこそが、この作品がYAの古典となったゆえんです。

*1:残酷な真実は文庫版89ページ