『クモのアナンシ  ジャマイカのむかしばなし』(フィリップ・M.シャーロック再話)

嘘つきで悪賢いクモのアナンシを主人公にしたカリブの島の昔話集。本のデザインがいかにも昔ながらの岩波の本といった感じで落ち着いていて、信頼感を持たせてくれます。
まずおもしろいのは、アナンシのキャラクター性です。日本の民話であればこのポジションはきつねどんとかたぬきどんが担うところですが、さらに人間とはかけはなれている節足動物であることがいかにも異国風で興味を引かれます。人間に変身する能力を持っているところや〈天井のトーマス〉という異名を持っているところなども、とらえどころのない魅力になっています。
で、最初に収録されている「アナンシとトラ」というエピソードからしてくせものなんですよ。森で一番強いトラはいつも物語の主役になっているので、アナンシはトラに勝負を持ちかけ自分が勝ったらむかし話の「トラ」を「アナンシ」に変えるよう交渉します。そしてまんまと奸計で勝つのですが、そうなるとこのあと語られる話はトラの話なのかアナンシの話なのかと、読者は混乱させられてしまいます。
「ドカヌー」という架空の木が出てくるところや、足の生えたヤムイモの群れが襲ってくるところなど、われわれのよく知る昔話ではあまり見かけることない光景を拝めるのが楽しいです。マーシャ・ブラウンが描く表情豊かで適度に気持ち悪い動物たちも愉快です。