『ジャノメ』(戸森しるこ)

戸森しるこの作家のとしての業は、関係性の毒を描かずにはいられないことです。
この作品の語り手は、動物園の雌のクジャク。「ひきこもりのピーコ」と呼ばれていますが、「ジャノメ」というもうひとつの名前も持っていました。現在の動物園の様子が語られるパートと、彼女に大切な名前をくれたシンジという少年との思い出を回想するパートが交互に配置される構成になっています。
一種の異種間恋愛ものとして、回想パートの物語は進行します。シンジが親戚の家に遊びに来る夏にしか会えないという七夕状態のなかで、ジャノメはシンジへの思いを募らせていきます。そしてジャノメは、いずれシンジが大人になると動物を意思疎通ができなくなるであろうことも知っています。現在パートと回想パートが連なる物語は、終着点がああなるのはまあ予想されるとおり。これだけエモポイントが加算される設定を戸森しるこの筆力で描いたら、そりゃあもう破壊力は相当なものになります。
作中で描かれる関係性は、ジャノメとシンジのものだけではありません。特に毒が強いのは、泉田さんという飼育員とホッキョクグマのレイナの関係性です。レイナは泉田さんを襲ったことがあり、味をしめたのかその後は泉田さんを見ると興奮するようになってしまいました。味をしめるーしめられるという関係、人間同士の関係に置き換えると、闇が深いです。

もうレイナがいないと思うと寂しいです。だけど、つらくはない。レイナはよく生きたから。ぼくの一部をとりこんでね。よくやったって、そう言って送り出してやりたかった。

もうひとつ、関係性の怖い話。カバーを剥ぐと、表紙にあるキャラクターが出てきます。つまり、(カバーイラストの)ジャノメをひそかにずっと見守ってきたのはやつであるということを暗示する演出になっているわけです。いや、やつ自体はものすごくいいやつなんですよ。でも、この意地の悪いブックデザイン上の演出を考えた人類はおそろしいです。