『アイドルが好き!』(イノウエミホコ)

アイドルのコンサート直前のオタクの胸の昂りを、1文で改行するテンポのよい文体で臨場感たっぷりに描いた冒頭のシーンから作品世界に引きこまれます。しかもこれが開幕夢オチ。"ノベンバー2"という韓国アイドルのオタクであるタマキのドリームから物語が始まります。
この物語の主要登場人物は三人。タマキは「ひぃぃぃぃぃ」とか「おっふ」とか奇声を上げるタイプのできあがったオタク。二人目はタマキの友だちの桜子。なんでもそこそこの努力でそこそこできてしまうため、タマキのように熱を持って打ちこめるものを持っていません。三人目はタマキがネットで知り合ったオタク友だちのユマ。この三人がアイドルを追いかけて駆け回ります。
作品のテーマは、タマキがつぶやいているように「好きって、すごい」。特別勉学に熱心というわけではないタマキに、韓国まで留学に行ってしまうくらいの大きなエネルギーを与えてくれます。オタ活の熱を軽快に描いているのが、この作品の一番の魅力です。
そして、軽快でありながら日韓の歴史問題や領土問題といった問題に踏みこんでいくのが、刺激的です。

「タマキがいったんだよ。言葉は伝わるかどうかじゃなくて、伝えたいかどうかが大事なんだって。」

さらに、性的マイノリティの問題にも踏みこみます。ユマは男子でありながら男性アイドルのオタク。タマキはオタクなので、オタク仲間として相性があえばそのあたりのことはあまり気にしません。桜子はユマがゲイなのかどうか気にしますが、それはゲスな好奇心からではなく、自分が恋愛対象に入るかを知りたかったからです。
そして作品は、どんなに親しい相手にでもアウティングは絶対にしないという姿勢を明確に打ち出します。というより、アウティングに限らず、踏みこませてはいけないラインとそうではないライン・踏みこんでいいラインとそうでないラインを作中の子どもたちはきちんと見極めることができているのです。この子たち、かなり人間ができています。
こういった問題に関しては意識が高いはずの戸森しるこも、2016年の『ぼくたちのリアル』ではアウティングを無邪気に肯定的に描いているようにみえました。それを考えると、時代の進歩が感じられます。
また、イラストとデザインもすばらしいです。章ごとにつけられた扉イラストがハイセンス。最終8章の「8」の字を「S」にもみえるようにデザインし、章タイトルの「ソウルの空の下」にかけるという遊び心も嬉しいです。