『境界のポラリス』(中島空)

第61回講談社児童文学新人賞佳作受賞作。主人公は中国にルーツを持つ高校生。父のDVが原因で離婚し5歳の時に母と日本に渡ったので、日本語は普通に話せて「田中恵子」という日本人の名前で生活しています。埼玉県の川口市に住んでいますが、中学校の地縁から逃れたくて高校からは都内の中高一貫校に通っています。そこではよい友人に恵まれたものの、自分のルーツについては話していません。
恵子の転機は、コンビニでのバイト中に起きました。凶暴な日本人にヘイトスピーチを浴びせられていたところを幸太郎さんという大学院生に助けられます。幸太郎さんは川口市内の夜間中学校で多様なルーツを持つ子どもたちに日本語を教えていました。この出会いがきっかけで、恵子も夜間中学に出入りするようになります。
出会いの発端はいかにもな感じですが、恵子は特に幸太郎さんに恋愛感情を抱いたりはしません。ここにリアリティがあって、こんな場面では加害者への怒りが先行してキュンキュンしてる余裕などないものです。
川口市といえば『キューポラのある街』という認識は、もうかなり古くなっています。いまの川口市は多様なルーツの人々が混在する都市になっていて、その特性をよく捉えた新たな川口文学が生まれたことになります。
扱われている題材は重いです。しかし、要所要所で1文で改行するテンポのよい文体を採ることで、するする入ってくるように工夫されています。ストーリーも、夜間中学の子のスピーチの手伝いをするという軸がはっきりしていて、しっかりとポラリスを指すわかりやすさを獲得しています。