『博物館の少女 怪異研究事始め』(富安陽子)

大阪の道具屋の娘として育ったイカルは、両親が亡くなったため13歳の身にしてたったひとりで神戸港から船に乗り、親戚を頼って東京に行きます。親戚の家は堅苦しく、厳しくしつけられる毎日でしたが、上野の博物館を見物したことから運命が変わり始めます。道具の目利きの才覚を見こまれ、博物館の古蔵に生息している、織田信長の子孫であるというトノサマと呼ばれる男の助手となり、蔵から盗まれたらしい黒手匣という謎めいたブツをめぐる騒動に巻きこまれていきます。
序盤は、文明開化の東京で少女の世界がだんだんと開かれていくさまのワクワク感を、存分に楽しませてくれます。なにしろ博物館には様々な動物の剥製があるし、古蔵には人魚の木乃伊のような怪しげなブツもたくさんあるし、動物園にはケンゴロウとかいう腹部に袋を持つ人間くらいの大きさの奇妙な鼠がいるし、それから獅子舞みたいなのも。珍しくて楽しいものはいくらでもあるのです。
しかし、ホラー部分の薄気味悪さは尋常ではありません。斉藤洋が『クヌギ林の妖怪たち』で論じているように、富安作品には人間の倫理を超えた異界の倫理がまぎれこんでいます。この作品の結末にある、あのような姿をしたものがあのような選択をすることを、人間の世界の良識は許さないはずです。
緻密に構築された明治の虚構世界のなかで富安陽子が初期から抱えている闇が映える、なかなかに迫力のある作品です。