『ケケと半分魔女 魔女の宅急便 特別編その3』(角野栄子)

今の わたしと これからの あなた
うまれるように

魔女の宅急便」の特別編3巻は、本編3巻で初登場してキキからすべてを横取りしようとし、やがてキキの息子のトトの導き手となったケケの物語です。といってもケケが主人公の物語というわけではなく、ケケが書いた『半分魔女 もうひとつのものがたり』という作品が収録されています。つまり、この本はまるごと作中作であるという、非常にひねくれた設定になっているのです。
幼少期から「あなたのはんぶん あなたがさがす」という幻聴につきまとわれ、どんな月も半月にしか見えない、半分に呪われたような少女タタが主人公。もうすぐ15歳になるある日、タタは家出を決行します。終点から終点へと電車を乗り継いで、時間が「進んだり、後ずさりしたり、まざったりする」という奇怪な森に迷いこみます。
半分魔女を主人公とした『半分魔女 もうひとつのものがたり』は、明らかに私小説です。また、献辞は「親愛なるキキとトトへ」となっています。作中にはほうきギターを操るトトを連想させる少年も登場しています。作中作とその外側を精査することは、この作品を読み解くさいに必須となります。さらに、その上の角野栄子というレイヤーも意識させられます。4歳で母を亡くしたというタタの境遇から5歳で母と死別した角野自身のことを思い浮かべた読者は、少なくないはずです*1。ここで、語る主体と語られる客体は複雑に絡みあいます。さらに主な舞台となる時間の混乱した森のなかで、主体と客体と過去と未来も絡みあってしまうのです。
そんな面妖な構造のなかで、作品はシリーズ中もっとも高度な魔法をみせてくれます。失われた半分、探索されるべき半分を補完できる文学という魔法こそ、この作品の本質です。

あたしも、あんたも、名前のかいてない半端な免許証をもらってさ、つかっていいんだか、悪いんだか……はたして本物なのか、偽物なのか、うろうろよね。だれも生まれる前のことはおぼえてないしね。でもさ、仮に半分ってことはよ。もう半分がどこかにあるってことよ。見えないものなんだけど、でもないとはいえない。だからトト、自分で作ってもいいのよ。自分の半分は。えらぶんじゃなくって、思うままに作ることができるのよ。これってもしかしたらすごいことじゃない。
(『魔女の宅急便 その6 それぞれの旅立ち』より)

*1:ケケの作家デビューが31歳で角野は35歳だというのも、近いように思われます。