『君色パレット ちょっと気になるあの人』

〈多様性をみつめるショートストーリー〉と銘打たれたアンソロジーの第1弾。そのなかからおもしろかった作品をいくつか紹介します。

戸森しるこ「日傘のきみ」

海辺の町の湿度に倦んでいる渚には、〈タピ岡〉と呼ばれている変わり者のクラスメイトと朝の犬の散歩中に顔を合わせる習慣がありました。対物性愛者であるタピ岡は、日傘の彼女「キョウコさん」とのデートを日課にしています。
対物性愛という攻めたテーマが扱われています。しかし、リア充側にいる渚の視点で浮いているが孤高の存在のようにもみえるタピ岡へのある種の憧れが語られるので、どちらかというとタピ岡とキョウコさんの関係性よりも渚とタピ岡のホモソーシャルな絆の方が印象に残ります。女性をまさにモノとして扱って男性間であれやこれやする結末は、典型的な性差別的ホモソーシャルの病理にみえます。この作品の主題は実は対物性愛ではなく、ホモソーシャル批判なのかもしれません。

ひこ・田中「親がいる。」

コロナ禍で両親はテレワーク、アカリはオンライン授業、その初日の物語です。
両親は家のなかで仕事をすることで日常とは違う顔をみせ、オンライン授業に慣れない先生も自信なさげな顔をみせ、アカリは今後彼らに平静な態度で接することができるのかと悩みます。
頭がよく観察眼の鋭い子どもが状況を見極めて学び成長するという、いつものひこ作品です。そして、いつもの技でこの状況を描いていることに、他の作家では創出できない価値があります。両親がじゃんけんでテレワークで使う部屋の取り決めをするというところから始まり、リアリティのあるシミュレーションがなされます。
ところで、テレワークやオンライン学習の場では住環境をはじめとして家庭の格差が出やすいので、これをテーマにすればエグい社会派児童文学ができそうです。このテーマの連作短編やアンソロジーを誰かに企画してもらいたいですね。