『小さな手  ホラー短編集4』(金原瑞人/編訳)

佐竹美保のカバーイラストがいいですね。美しい並木の奥には、さぞかし楽しく魅惑的な世界が待っていることでしょう。読者を歓待しようという本の作り手のまごころが伝わってきます。え、右の方になんか不吉なものが見える? 気のせいでは?
岩波少年文庫のホラーアンソロジーの第4弾。第3弾のフランス編から約7年ぶりの登場です。実はカバーイラストで最も重要なのは、手前にある本をめくる手です。編者の金原瑞人はあとがきで手の怖さに執拗に言及しています。前足ではない手は、非常に人間的な器官で、さまざまな動きをします。だからこそ、それが与える恐怖も変幻自在です。冒頭にはド定番の「猿の手」を配置。このマジックアイテムは、手でなければならないのです。これが「猿の頭」とか「猿の尻尾」とかであったとしたら、ここまでの人気作にはならなかったでしょう。
収録作の中でもっとも薄気味悪かったのは、カポーティの「ミリアム」です。夫を亡くし孤独な生活を送っているミセス・ミラーは、映画館でミリアムと名乗るあまりにも白い肌をした10歳くらいの女の子と知り合います。ミリアムはミセス・ミラーの家にあがりこんで乱暴狼藉をはたらき、いつまでもつきまとってきます。ミリアムは孤独が見せた幻影なのか、眉村卓の「仕事ください」のような厭さを存分に味わわせてくれます。
まさにいま注目したい作品は、ブルース・コウヴィルの「首を脇に抱えて」です。戦争に反対したために斬首された若者の死体が、どこにでも行けるという死者の特権を行使し、落とされた首を抱えて王の寝室に赴き抗議するというストーリーです。

「見も知らぬ人間を殺すことなどできません。正しいとはとても思えない戦争のために」
「ぼくはあなたの正体を知っている。殺人鬼で盗人で、とても王になるような人ではない。あなたは国民の命を盗みつづけてきた。ぼくはその過ちを正すためにここにきたのです」

飾らない言葉で抗議し、ただ王の前に存在し続ける若者の態度は、愚直といっていいでしょう。いまのわれわれに不可欠なのは、この愚直さなのではないでしょうか。
戦争反対の声をあげると冷笑を浴びせられ石を投げられるというのが、いま起こっている出来事です。しかし、それに怯む必要はありません。彼らが愚直さを攻撃するのは、彼らが愚直さをこそ恐れている証拠にほかならないのですから。