「あやしの保健室」百合回総復習

「あやしの保健室」は染谷果子によるホラーコメディ児童文学。2016年にスタートし、2020年に全4巻で惜しまれつつ完結しました。しかし、2022年に「あやしの保健室Ⅱ」として新シリーズがスタート。それを祝して、シリーズの魅力を振り返りたいと思います。
シリーズの主人公は、自称新任養護教諭24歳の奇野妖乃先生。妖乃先生は小学生の「やわらかな心」を奪うために悩みを抱えた子どもに怪しげなアイテムを与えますが、いつもそれの捕獲に失敗するというのがお約束になっています。妖乃先生の正体は不老不死に近い化け物で、それを知られないように1年で転勤を繰り返し、学校を去るたびに関係者の記憶を消していました。それゆえ、妖乃先生は人と縁を結ぶことができません。でも皮肉なことに、妖乃先生の悪巧みはいつも児童間の縁を結んでいて、「うらやましい」「うらやましい」*1とひとりつぶやいています。結果として妖乃先生は縁結び妖怪のようになっています。特に百合縁結びには定評があるので、百合回を復習します*2。各エピソードの結末にまで触れているので、そこはあらかじめご了承お願いします。

1巻第1話「ネタミノフジツボ

西田花菜は幼なじみの青山華と一緒にダンスに打ちこんでいました。しかし華の方が上達が早く、花菜は嫉妬心にさいなまれます。花菜は妖乃先生から嫉妬心を消す薬をもらい、それに依存しすぎて心から火種がまったくなくなって心が空っぽになってしまいます。
「西田花菜」と「青山華」という並び立つ名前が美しいです。「花」と「華」そして、名字の「西」と「青山」はどちらも死を連想させます。西とはすなわち西方浄土、ゆえに花菜が火種をなくし涅槃の境地に至るのは必然といえます。しかしこのあと華は、奪われた花菜の心を取り戻すために妖乃先生に戦いを挑み続けます。本編ではほとんど語られない華の1年間の戦いのことを思うと、胸が熱くなります。

2巻第1話「アザムク」

2巻では血縁関係にスポットが当たっています。第1話は子どもの望みを押しつぶしてばかりいる母親に悩まされている浜岸凪の物語。嘘をつくのが上手な「アザムク」という妖怪に取り憑かれ、母の叱責をかわすために嘘をつき続け、やがて「アザムク」に体を乗っ取られてしまいます。ところが、母親は娘が別人になってしまったことを見抜きます。これは愛のなせるわざなのでしょうか、それともただの所有欲支配欲なのでしょうか。

2巻第4話「腹巻☆夢(はらまきんどりーむ)」

「あんたってば、どうしようもなくなったときだけ、おねえちゃんってよぶよね」

母娘の話の次は姉妹の物語。浦辺満は姉の岬と読者モデルに応募して、ひとりだけ落選してしまいました。姉と比べて自分は太っていると思った満はダイエットしようするもののうまくいかず、妖乃先生からやせているように錯覚させる腹巻きをもらい、腹巻きに体を乗っ取られて魂が外に出てしまいます。しかし、姉だけは満の魂の姿が見えていたのですよ。第1話と違ってここでは闇のない血縁の絆を味わわせてもらえます。けんかすればするほどなかのよさが映える姉妹愛に、妖乃先生もご満悦でうらやましがっていました。

「ぶつかりあっても、唯一無二の相手。うらやましいですこと」

3巻第3話「エンジェルのとなり」

高尾希の幼なじみの心愛は、エンジェルを目指す超絶よい子。内面も外見も天使な心愛と一番の親友であったことが自慢だった希ですが、成長するにつれ自分は心愛のとなりにいるのにふさわしくないみすぼらしい子なのではないかという劣等感にさいなまれるようになり、一緒にいるのが耐えられないくらいつらくなります。そこで反発しあう粘菌のクリームを妖乃先生から盗んで、心愛が自分に近寄れないようにします。
心愛が天使な理由は本人の資質が大きいですが、裕福な家庭で育ち苦労を知らないから天然よい子に育ったという面もありました。こういう子にはちょっとした行き違いで集団から反感を持たれやすい脆弱性があります。間の悪いことにふたりが近づけなくなったタイミングで心愛が他校の子にした親切がみんなの不興を買い、希はフォローしたくてもできなくなります。
どうあがいても心愛のとなりが似つかわしいエンジェルにはなれない希の劣等感がもたらす苦しみ切なさは、想像にあまりあるものです。それだけに、エンジェルになれない自分を肯定する立ち位置を自ら選び取った希の決断の尊さをあがめずにはいられません。

4巻第2話「イケスカンク」

4巻の百合回はなぜかビターなものばかりでした。特にこの「イケスカンク」には糖分はほとんど配合されていません。佐山和子は同じマンションに住むルナのことが大嫌いで、地味な意地悪を繰り返していました。そのためおなかのなかで「イケスカンクカビ」というあやかしカビが増殖して、ものすごくくさいおならが出るようになってしまいます。一方ルナの方は和子を完全に侮っているので、なにをされても気になりません。

「あの子はいつもわたしをうらやましがっていて、なのにどうやっても、なにひとつわたしに勝てないの」

他人事ながら、胃が痛くなってしまいます。

4巻第4話「レモンイエロー」

ミントグリーンのランドセルでスポーツマンの小竹真生と、レモンイエローのランドセルで読書家の大沢乃亜は、大親友でした。しかしクラスの図書係の仕事をめぐって仲違いをしてしまいます。自分が悪いことは自覚しているのに素直に謝罪できない真生は、妖乃先生から薄っぺらい謝罪ができる〈処世術フセン〉というアイテムをもらい、偽りの謝罪に依存するようになってしまいます。そして、乃亜が懸命に作っていた粘土工作を過失で壊してしまうという取り返しのつかないやらかしをしてしまいます。これもものすごく胃が痛くなる話ですが、最終的に心からの謝罪をした真生に乃亜が返した一言に救われます。

4巻真エピローグ

はじめに結末まで触れると断ったものの、第Ⅰシリーズ全4巻の最高の幕引きについては、口をつぐんでおきましょう。

そして新シリーズ。「ブリッコするあのこが、苦手。」「グチばっかりのあのこが、イヤ。」という相性最悪のふたりがベストカップルになるまでを描いた第3話第4話で、やはり「あやしの保健室」の本質はこれであったということを思い知らされます。

*1:ただし、妖乃先生の「うらやましい」はただ純粋な「うらやましい」で、そこに憎しみは付加されていないということには注意が必要です。

*2:と書き始めたものの、ヘテロ回もいいんですよね。一番のおすすめは4巻第3話の、完璧優等生女子とおちゃらけ癒やし系男子のカップルです。