『恋愛問題は止まらない』(吉野万理子)

野球部のアイドルが色恋沙汰でやらかしたことをきっかけに監督が部員に丸刈りを強制するという噂が学校内を駆け巡ります。リレー形式で語り手が交代し、騒動が広まるさまが描かれます。
並の児童文学作家であれば、この発端は体育会系パワハラと戦う社会派の物語として転がしていきそうです。しかし、俗悪さを愛するのが吉野万理子の特性。腰を据えてひとつの問題を追究するのではなく、恋愛に絡んだ人間のさまざまなゲス感情のサンプルを次々に提示していく方向に進みます。
第1話の主人公はアイドルのファンその1で、丸刈り令に強固に反対します。わたしははじめこの子の思考原理がわからずとまどいました。丸刈りでファンが減るなら競争相手が絞られて自分が有利になるからよいのではないかと。しかしこの子は、アイドルのルックスにしか興味がないタイプの子だったのです。人の内面に興味を持たず、ただ観賞対象としてしかみないというゲスなあり方が、冒頭から暴き立てられます。
恋愛をオープンにしないことを許さない世間の感覚のゲスさ、弱者男子をいたぶる女子集団のゲスさなど、エグい要素をどんどん繰り出していくのが吉野万理子らしいです。
作品全体からは、恋愛をドライに眺める視線が浮かび上がってきます。特に語り手となる大人たちの事例では、熱狂的な恋愛は悲劇を生み、むしろロマンチック・ラブ・イデオロギーに依拠しない関係性の方が持続するというモデルが提示されています。物語の中心となる野球部のアイドルの男子と生徒会長の女子のカップルの顛末も、ああいう感じで落ち着きます*1
恋愛の熱に冷や水を浴びせるスタンスがおもしろかったです。

*1:ただし、あれはあくまで対外的な説明で、真相は実は異なるという可能性を疑うことはできる。