『ホラーチック文具』(染谷果子)

「あやしの保健室」シリーズの染谷果子によるホラー短編集。「あやしの保健室」の優しさを取っ払って闇路線に振り切ったら、ここまでヤバくなるのか、染谷果子。

プロローグ

年老いて自分が営む文具店を閉店せざるをえなくなった店主が、「愛しい文具たちに命を与えたまえ。文具たちが自ら人の元へと行き、能力を発揮できるように」と文具の神に祈ります。え、こういう発端だったら、ふつうはもっとほのぼの路線の話になりませんか? なんでほとんどの文具が呪いのアイテムになって野に解き放たれてしまうんですか?

ケシゴム

最初の話では、人間の怖さを存分に味わわせてもらえます。クラスの女子から宿題を手伝わせるためだけに利用され、呼んでもらえると思っていたお誕生日会にも招待されず捨てられた女子の物語です。読者はこういう性悪女子には当然相応の報いがあってほしいと願うところですが、そういう風にしちゃうんだ……。

コンパス

文学性という点で秀でていたのが、この作品。かつて新体操の指導者であったことにプライドを持っている老女の物語です。老齢のため彼女の認識や記憶は混濁しています。そんななかで、老女と美しい円を描けるコンパスの出会いが、美麗な一瞬の光景をつくります。

ホッチキス

こっちも「ケシゴム」と同じく他人から理不尽な扱いを受ける子が主人公です。マンガ部で雑用を押しつけるために副部長にさせられた女子の物語です。部長の雑な指示のせいで起きたミスの責任をすべて被せられて、ひとりで部誌のホチキス止めの作業を強いられます。人の悪意に押しつぶされ狂気に陥る副部長と、呪いのアイテムであるホチキスがシンクロする様子は、ある意味ロマンチックでもありますが、物理的に痛くて怖いです。

ごほうびシール

今回の呪いアイテムは、貼るとやる気UP効果のあるごほうびシール。これを手に入れた子どもは、がんばっている先生に貼ってあげます。ただ問題は、やる気が出るだけで体力や能力が上がるわけではないということで……。これは破局が洒脱に描かれていて、怖いけど笑える作品になっていました。

墨液

この作品集では貴重な、闇要素のない向日的な作品です。無職の青年が使用期限が切れて悪臭を漂わせるようになった墨液と出会います。ふたりは相棒となって、ストリートアートを始めます。ふたりの距離の縮まり方が、悪臭を受け入れるという明瞭なかたちで表現されているのが美しいです。これを最後の作品にしていれば、いい感じで終わったんじゃないの?

エピローグ

多くの文具は消耗品です。そこが、この作品集で多くの悲劇を生んできました、しかし考えてみれば、人間だって消耗品です。であるとしたら、最凶の呪いとはなにか? 染谷果子はそれは「消滅させたい」という欲望だとし、ゆえに最凶の文具はその能力を持つ上、再生能力まであるケシゴムだと結論づけました。いや、本当に怖いから。