『わたしたちの歌をうたって』(堀直子)

二学期の最初の日、四年二組に季節外れの転校生がやってきました。転校生野々村詩音は、無言で黒板に短歌を書きます。語り手の星野なずなの詩音に対する第一印象は「ヘンな子」というものでしたが、短歌をみて「きらきらまぶしい」イメージに一気にランクアップします。特に取り柄のないなずなと風の又三郎のように教室に異質なものを持ちこんだ詩音が仲を深めていくさまが、物語の主軸となります。
特に変わった設定があるわけでもなく大きな事件が起こるわけでもない地味な作品ですが、そのささやかな日々の出来事を輝かせるベテランの技が冴えています。
たとえば、エモを演出する記述の巧みさ。なずなの家から詩音が風のように去って行く場面の、

きつねにつままれたようなあたしだけが、たそがれの空の下にとりのこされた。
雨戸はまだしまらない。(p23)

「雨戸はまだしまらない」という一文を付け加えることで意味深長になり、描写が引き締まります。
また、場面や詠み手によって短歌のレベルを調整する手つきもあざやかです。そして、忘れてならないのがキャラ造形のうまさです。クラス一の文学少女であるという黒岩咲知子の造形が秀逸で、マイペースな一言でどんな場の空気も一変させてしまう強さにほれぼれとしてしまいます。
なずなの母親は、学校に提出する短歌を勝手に添削してそれを出すように娘に指示します。これがリアルにいやなエピソードで、親の側には悪意はほとんどありませんが、自分が親から何もできない子だと侮られているという事実を突きつけられた子どもが受けるダメージは甚大です。そこから「わたしたちの歌」、自分が自分であることの尊厳を獲得していくさまに胸を打たれます。

イチゴジャムなんだかにがいすこしだけうそをついた自分がいるから
人間の誇りとはなにリードつけ犬はハロウィーンの町にとびだす
                      (黒岩咲知子)