『ユ・ウォン』(ペク・オニュ)

2019年のチャンビ青少年文学賞受賞作。高校生のユ・ウォンは、ふたりの英雄の重圧に悩まされていました。ユ・ウォンは幼少期に火事に巻きこまれています。当時ユ・ウォンの家族はマンションの11階に住んでいました。姉はユ・ウォンを布団でぐるぐる巻きにして下に投げ落とし、自分は火に飲まれて命を落としました。下でその布団を受けとめたおじさんは全身が負傷し、足には一生消えない障害が残りました。死んでしまった姉は周囲で現実以上に理想化され、手の届くことのない存在になってしまいます。そして、英雄だったはずのおじさんはユ・ウォンの両親に金をたかるため頻繁に家にやってくるようになります。
学校でも孤独で陰鬱な日々を送るユ・ウォンの運命を変えたのは、同じ高校に通う女子との出会いでした。ユ・ウォンが屋上近くの階段で息をひそめていると、スヒョンという女子が現れ、なぜか持っているマスターキーで扉を開けて屋上に誘ってくれます。女子ふたりの出会いのシーンとしては、満点に近い芸術点を叩き出します。スヒョンはまさに扉を開けてユ・ウォンの手を引いて新たな世界に連れていってくれるのです。ただし、スヒョンにも暗い側面がありました。インスタにキラキラ写真を投稿するタイプの人気者のはずなのになぜか人目につかない場所を見つけ出す能力を持っていることなど、だんだん闇要素を見せるようになります。
もちろんこの作品はシスターフッドの物語です。「おじさん」に象徴される男性性の悪に毅然と立ち向かう姿勢を鮮明にしたところにこの作品の先鋭性があります。
一方で、フェミニズムが浸透し男性性と加害性が結びつけられることが当然のようになった社会で男性として生きることの困難にも目配りがなされています。スヒョンの弟のジョンヒョンの生き方について、ユ・ウォンはこんな感想を抱きます。

もしかしたらジョンヒョンは、自分が安全な人であることを、姉と母に証明しつづけなければならないのかもしれない。生涯、ずっと。