『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』(T・キングフィッシャー)

主人公のモーナは叔父叔母の経営するパン屋で働いている14歳女子。パンづくりに関わるささやかな魔力を持っていて、パンの発酵種から生成した不死(?)の触手生物(?)ボブと自在に操れるジンジャークッキー人形を従えています。ある朝、パン屋で少女の死体を発見してしまったことから、平和な日常は瓦解します。殺人容疑で異端審問官に詰められ逃げ回っているうちにピンチは拡大し、最終的に野盗めいた傭兵軍団が街に侵攻してくるという事態に発展します。
ユーモラスな語りや道具立てと泥臭くシリアスな展開、混ぜてほしくないものを混ぜているところに、この作品の味わいがあります。パンは幸福の象徴であるべきで、悪意や汚物とは無縁であってほしいものです。発酵種怪物やジンジャークッキー人形はもっとのどかなスローライフ系のファンタジーで活躍してもらいたいものですが、あんな感じになります。
中盤の山場である宮殿への侵入作戦でモーナが汚穢にまみれるのは、児童向けエンタメならではのギャグです。同時に、そのように醜くあがいて生きざるをえない人間の姿をリアルに表してもいます。相性の悪そうなものをあえてブレンドすることで、作品は娯楽性と強力なメッセージ性を獲得しています。
モーナは幾度も、事態がここまで悪化しわずか14歳の子どもが立ち上がるまでなにもしなかった大人たちへの怒りを表明します。

「でも、あんなこと、どれもあたしがすることじゃなかったんだよ。あたしやスピンドルがやることになる前になんとかするべきだった大人が山ほどいるのに。ほかの人が誰も仕事をしなかったからってだけで英雄になるわけじゃないよ」

作中にあるのは、徹底した英雄否定の思想です。この場に戦える魔法使いが自分しかいなければ戦ってしまうというのは、崇高な自己犠牲として美化されるべきものではありません。そうなるまでなにもしなかった人々の尻拭いをされられているにすぎないのです。英雄が生まれてしまうのは、人々の怠惰の結果でしかありません。
抜群の娯楽性とリーダビリティをもって地に這いつくばって生きる人間の姿を描き出した傑作です。ローカス賞ヤングアダルト部門他多数の賞を受賞したのも頷けます。