ユーモラスな語りや道具立てと泥臭くシリアスな展開、混ぜてほしくないものを混ぜているところに、この作品の味わいがあります。パンは幸福の象徴であるべきで、悪意や汚物とは無縁であってほしいものです。発酵種怪物やジンジャークッキー人形はもっとのどかなスローライフ系のファンタジーで活躍してもらいたいものですが、あんな感じになります。
中盤の山場である宮殿への侵入作戦でモーナが汚穢にまみれるのは、児童向けエンタメならではのギャグです。同時に、そのように醜くあがいて生きざるをえない人間の姿をリアルに表してもいます。相性の悪そうなものをあえてブレンドすることで、作品は娯楽性と強力なメッセージ性を獲得しています。
モーナは幾度も、事態がここまで悪化しわずか14歳の子どもが立ち上がるまでなにもしなかった大人たちへの怒りを表明します。
「でも、あんなこと、どれもあたしがすることじゃなかったんだよ。あたしやスピンドルがやることになる前になんとかするべきだった大人が山ほどいるのに。ほかの人が誰も仕事をしなかったからってだけで英雄になるわけじゃないよ」
作中にあるのは、徹底した英雄否定の思想です。この場に戦える魔法使いが自分しかいなければ戦ってしまうというのは、崇高な自己犠牲として美化されるべきものではありません。そうなるまでなにもしなかった人々の尻拭いをされられているにすぎないのです。英雄が生まれてしまうのは、人々の怠惰の結果でしかありません。
抜群の娯楽性とリーダビリティをもって地に這いつくばって生きる人間の姿を描き出した傑作です。ローカス賞ヤングアダルト部門他多数の賞を受賞したのも頷けます。