『箱舟に8時集合!』(ウルリヒ・フーブ/作 イョルク・ミューレ/絵)

雪と氷の世界で、2羽のペンギンと1羽のチビペンギンがけんかをしながら仲良く暮らしていました。ある日、チビペンギンがいないタイミングで白い太ったハトが現れ、2羽のペンギンにノアの箱舟に乗れる転売不可の激レアチケットを2枚与えました。いや、わざわざチケットに明記しなくてもこれを転売する愚か者はいないだろうし、「8時だョ!全員集合」みたいなノリでされても困ると思いますが、とりあえず2羽は乗船の準備をします。やがて大事なことが2羽の頭から抜けていたことを思い出し、表紙にある2羽のペンギンと不自然にふくらんだスーツケースという事態になります。
まず、ペンギンたちのガラの悪さで楽しませてもらえます。「おまえ、くせえな」「おまえこそ」というのがはじめの会話。3羽の前にチョウチョが現れると、チビペンギンはいきなり「こいつを、いまからぶっつぶす」とのたまいます。鳥なのに魚くさくて翼があるのに飛べないペンギンは神さまに雑に創られていて、チョウチョは丁寧に創られているからずるいというのがその動機です。
原作が演劇だけあって、作中の鳥たちのとぼけた台詞回しには、不条理演劇のテイストが感じられます。この物語はつまり不在のゴドーをめぐる物語であり、すっとぼけていながらも冒涜的でスリリングな神学論争が展開されます。

「証など求めずに、神を信じなくてはならない」
「ちょっと無理がありますね。それは」
「わかっておる。しかし、そこがかんじんなのだ」スーツケースの声はいう。「でなければ、あまりにたやすいではないか。『神を信じる』ということは、そこに意味があるのだ」

ノアの箱舟が一対の動物を乗せるのは、当然生殖を目的にしているからです。しかしこの物語には、鳥たちの性別について明確な言及はありません。この作品は童話なので、あえて性的なことに言及する必要がないといえばそれまでなのですが、それを利用して知らんぷりをして危うい領域に踏みこんでいるのではないかとも疑われます。同性婚の肯定やモノガミーの否定といった、保守層からは危険視されるようなことをしれっと語ってしまっているのかもしれません。