『きみの話を聞かせてくれよ』(村上雅郁)

村上雅郁の新作は連作短編。6人の生徒とひとりの養護教諭が語り手となり、中学校の複雑な人間模様が描かれます。
第2話の「タルトタタンの作り方」は、王子様キャラの生徒会長祇園寺羽紗がスイーツ男子の轟虎之助からひそかにタルトタタンの作り方を習う話。みんなのイメージを壊したくないので、祇園寺先輩がケーキを作って食べようとしていることは秘密です。虎之助の方は、スイーツ男子として周囲から消費されることを重荷に感じていました。
ジェンダー規範との戦いが1周して、ジェンダーから逸脱したキャラも類型的な役割を期待されて消費されるという問題に行き着いています。ただし、王子様・男装の麗人キャラが実は甘いものやかわいいものが好きというのは、すでにギャップ萌えを狙ったキャラ類型として定着していて、そこを救おうというアプローチもなされています。
より問題にされるべきは、見過ごされやすい男子への加害の方です。ジャニーズタレントへの性犯罪がいままで公然の秘密として世間から容認されていたという例からもわかるとおり、社会はまだまだ男子に対する加害には鈍感です。虎之助をスイーツ男子としてもてはやし消費する人々には、まったく悪気はありません。加害が加害であることがそもそも認識されていないのが大問題です。見えない被害者、より救われにくい弱者に寄り添うことは、児童文学の重要な使命のひとつです。眞島めいりの『夏のカルテット』(2021)でもこれに近い悩みが取り扱われていましたが、こういった問題意識は今後児童文学の新しい潮流になるかもしれません。
中学校内の人間関係は長期連載の少女まんがのようにこじれにこじれまくっているので、娯楽性は十分です。そのあいだを取り持つのは、黒野良輔という2年生の剣道部員(幽霊部員)です。彼のやり方はまず「話を聞かせて」と言うこと。その影響で、それぞれどうにか相互理解の糸口を見つけていきます。
ただし、村上雅郁らしいひねくれ方も披露されています。実はここでの「話を聞く」ということには必ずしも相互性は必要とされていません。そして、ある語り手は個人の物語と個人の物語のあいだには決定的な断絶があるということもはっきりと述べています。それは絶望でもありますが、その先にこそ真の相互理解の道があるという希望でもあるようです。

私には私の物語があるように、良輔くんには良輔くんの物語がある。
私の心の中にいるくろノラと、彼の心の中にいるくろノラは、べつの存在です。

(p325)