『ポラン先生ときけんなマジックショー』(北川佳奈)

タヌキの小説家のポラン先生は気難しい性格で、新聞配達員以外は誰も来ない北国の森の奥で静かに生きていました。そんな孤独な生活が、1匹の闖入者にめちゃくちゃにされてしまいます。フライドポテトの食べ過ぎで飛べなくなり渡りに遅れてしまったカモのマジシャンのドリが、ポランに南国エメラルド・ビーチに連れていくように要求してきます。しかもドリは一文無しなので、旅費までポランにたかろうとします。こうして、2匹の珍道中が始まります。

うさんくさいマジシャンにつきまとわれ、出たくもない旅に出て、

ビルボ・バギンズもそうだったように、旅の始まりというのはおおむねそのようなものです。何度ドリと離れようとしてもマジックで脱走され、食い逃げの共犯にされ、ポランの道中はさんざんなものになります。そんななかでポランがドリを見直したきっかけは、ドリがポランの旅行かばんにペンと原稿用紙をこっそり入れておいてくれたこと、すなわちポランの職業を尊重してくれたことでした。小説家の仕事もマジシャンの仕事も人を虚構に巻きこむこと、嘘をつくことです。そんな共通点からも、2匹の相互理解の回路が生まれてきます。
北川佳奈の前作『クーちゃんとぎんがみちゃん』は、チョコレートの女の子とぎんがみの女の子の日常を幸福感たっぷりに描いた作品で、間違いなく2022年の児童文学の最大級の収穫でした。幸福感に振り切った前作に対し、偏屈な小説家を主人公にした今作には鬱屈が目立ちます。ポランの作風は「じめっとして暗く、読んでいて気がめい」るもので、出版社からはユーモアがあってハッピーエンドでかわいい主人公が出てくるものを書くよう指示されていました。しかし、ポランの作風は作中で肯定されます。メンタルが落ちているときには『クーちゃんとぎんがみちゃん』のような作品はまぶしすぎて耐えられないもので、かえって救いのない作品の方が救いになったりします。児童文学では、梨屋アリエ作品の読者の救い方が思い出されるところです。
ドリは「マジシャンにいちばん大切なのは『相性のいい観客』なんだぜ」といっていましたが、これは小説家と読者の関係にも当てはまります。ある意味で、虚構の作り手と受け手の幸福な関係を描いた作品であるといえそうです。