『YA!ジェンダーフリーアンソロジー TRUE Colors』

ジェンダーフリー」というテーマを大々的に押し出し、しかも執筆陣がアナーキーなくせ者揃いということで発売前から話題になっていたアンソロジー。結論としては、大傑作でした。収録作品を簡単に紹介します。

小林深雪「女子校か共学か、それが問題だ!」

小林深雪は、言わずとしれた少女小説の大御所です。
片思いの男子翔太が男子校を志望していることを知った鈴は、自分は女子校に進学してその後翔太とつきあい放課後デートを……というドリームを抱いていました。しかし志望校に合格したのは自分だけで翔太は共学校に行くという番狂わせが起こります。さらに、進学後久しぶりに鈴を呼び出した翔太は、こともあろうに「中学でさ。好きな人ができたんだ」と告白してきやがりました。この時点で、鈴以外にはオチはみえていますね。
はじめは上滑りした女子校礼賛トークからはじまり、すぐに鈴の境遇を明かしてそれをひっくり返すスピード感が気持ちいいです。明るく元気に偏見を乗り越える勢いのよさは、ベテランの熟練の技です。最後に冒頭の女子校礼賛転倒をもう一度さらにひっくり返す構成もキマっています。

にかいどう青「チョコレートの香りがするね」

にかいどう青は、異常な文学愛や超絶技巧の文章芸で作家や読み巧者からの支持を集めています。百合作品にも定評がありますが、他のセクシュアル・マイノリティも作中に登場させています。今作で現在の日本でもっとも世間から目立った排撃を受けている属性のセクマイを取り上げたのは、にかいどう青らしい慧眼です。
図書準備室を自分たちだけの城にしてだべっている女子ふたりという設定も、実ににかいどう青らしいです。主人公のアユはミッコに恋愛感情を抱いていますが、現時点ではそのことを墓まで持っていくつもりでいます。
一流の文章芸による女子ふたりの軽快なかけあいで物語を進行させながら、最後にはレトリックを排して抜き身の刀で斬りあわせます。この緊張感には、鬼気迫るものがあります。

長谷川まりる「チキンとプラム」

長谷川まりるはレズビアンの女子を主人公とする『お絵かき禁止の国』で2019年にデビューしたまだ新進の作家ですが、このアンソロジーを含め「異色」の冠が似あう作家としてすでに風格を漂わせています。
すももの父は、娘のいる風呂場に入ろうとするといった異常行動をくり返していました。でも、姉も母も父の行動を軽く受け流すだけで、問題にしません。すももは父を嫌がる自分が「空気の読めないクレーマー」なのではと思い悩み、家庭内で精神的に孤立します。
これは怖い話で、家族という最小のコミュニティでももっと大きなコミュニティでも、悪は必ずしも悪とみなされるわけではありません。権力を持つ悪に被害者が立ち向かおうとすると、被害者の方が集団から排除されるという例はいくらでもあります。この父は「笑い」を武器にして従わない者を萎縮させているというのも、非常に悪質です。
若い人たちをこのような物語に触れさせて、違和感を持つ自分がおかしいのではないという認識を与えることには、大きな意義があります。

如月かずさ「いわないふたり」

10年代初頭からセクマイが登場する話題作を発表し2022年の『スペシャルQトなぼくら』に至る如月かずさは、児童文学界ではこの分野のトップランナーであると断言して差し支えないでしょう。
スペシャルQトなぼくら』は、主人公たちに無理にカミングアウトを強いず世間の悪意に対峙させなかったことが評判になりました。今作でもカミングアウトが焦点になります。
主人公の真結はレズビアンで、すでに千歳という彼女もいますが、そのことはふたりだけの秘密にしています。しかし中3のクラス替えで離れてしまい顔を合わせる機会が減って、ふたりのことを公表しないと交際を続けられなくなるのではという危機感が募っていきます。
同じ学校に通っているのにふたりの関係は遠距離恋愛のようになって、すれ違いが増えてしまいます。そのさまをふつうに恋愛物語として娯楽性たっぷりに語ってしまうのが、如月かずさの技です。遠距離恋愛カップルがオンラインゲームをしながら通話するという現代性の捉え方もおもしろいです。
そのうえで、マジョリティであればしなくていい苦労をマイノリティだけが強いられることの理不尽さもしっかり描かれていて、マイノリティの置かれている状況への現実的な検証がなされています。

水野瑠見「羽つきスキップ」

第59回講談社児童文学新人賞受賞作『十四歳日和』で2019年にデビューして以来作品の発表がなかった水野瑠見は、まだ実力が未知数です。
外見の幼さゆえに小学生時代から「コドモっぽい」といわれていた大希は、中学生になって急に下ネタばかりいうようになった周囲の男子たちにとまどっていました。幼なじみの女子との距離も離れ、自分だけが取り残されたのではないかと思い悩みます。
このアンソロジーの収録作のなかでは比較的オーソドックスな思春期の悩みが取り上げられています。ただしこの手の悩みは、「初潮という切札」的に女子の悩みとして描かれることがほとんどでした。児童文学界が女性作家優位であるということもあり、それこそ如月かずさ作品を除けば、男子がこのような悩みを抱える主体となることは稀です。実はこれは、児童文学界が抱える重大なジェンダー問題です。
そんななかで、体調不良の姉のためにドラッグストアに生理用品を買いに行ける男子を新時代のかっこいい男子像として提示したことは、なかなかの成果です。

菅野雪虫「いつかアニワの灯台に」

2006年のデビュー以来ずっと社会派児童文学の旗手を務めてきた菅野雪虫が、その実績にふさわしい尖った作品でラストを飾ります。デビュー作『天山の巫女ソニン』がコミカライズされたり、2009年のYA!アンソロジー『初恋リアル』に収録されていた宗教二世の子どもが登場する短編「マッチ売りの少年」が時節柄注目を浴びたりと、初期作品の再評価も進んでいるところです。
教室に蜂が乱入するというちょっとした非日常の事態にまぎれて女女で教室からエスケープして海に行くという導入部が、百合作品として天才的です。自宅から3駅離れた短大附属の中高一貫女子校に通っている栞は、長身美人で廃墟好きの同級生安珠に興味を持っていました。安珠も自分と同じ陰キャかなと淡い期待を抱いていましたが、気にかかるのはカースト最上位だけど学業成績は最悪な咲留と仲がいいこと。地元民の茜の情報提供もあり、栞は徐々に安珠の謎に接近していきます。
この読書体験は地雷原を歩くようなものでした。菅野雪虫精神障害者の親や境界知能など、どんどん爆弾を爆発させていき、究極の女性ジェンダー逸脱に至ります。どちらかといえば「普通」「健康」の側に属する栞でもたやすく安珠の「希望」を理解できたことに、すべての女性のおかれている環境の過酷さがあらわれてます。ここでは「安全」が「絶望」に反転してしまいます。
彼女たちの前途に希望はみえません。確かにあったのは、刹那の連帯だけです。でも、どうかこの刹那の美しさが祝福につながりますようにと、祈らずにはいられなくなります。